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帰ってきた娯楽作 プロジェクトPならぬ『パンダプラン』でみせた“本人役”ジャッキー・チェン71歳の現在地

帰ってきた娯楽作 プロジェクトPならぬ『パンダプラン』でみせた“本人役”ジャッキー・チェン71歳の現在地

ジャッキー・チェンが、ついに禁断の一手に打って出た。映画『パンダプラン』(1月23日公開)で彼が演じるのは、なんと「ジャッキー・チェン本人」。これまでもカメオ出演などで本人役を演じたことはあったが、主演作としてガッツリと本人を演じるのは、長いキャリアの中でも初めて。これは、彼が演じるキャラクターと、彼自身のパブリックイメージが完全に融合した、究極のスター映画と言えるだろう。

スーパー・スターを観る映画はシンプルに

映画俳優には、大きく分けて2種類存在する。一つは、役柄ごとに見事な変身を遂げ、その仮面の下にある素顔を消し去ってみせる「カメレオン俳優」だ。その最たる例はロバート・デ・ニーロだろう。あるいはクリスチャン・ベールのように、肉体改造も含めて完全に別人格になりきる憑依型の役者たちだ。

そしてもう一つは、その人自身が持つ圧倒的な個と魅力を、どんな役柄であっても発揮する「スター俳優」である。例えば、トム・クルーズ。彼がパイロットを演じようが、スパイを演じようが、あるいは弁護士を演じようが、スクリーンに映るのは紛れもなく「トム・クルーズ」であり、観客もまたそれを求めている。日本で言えば、木村拓哉もこの系譜に連なるだろう。彼らは「何を演じるか」以上に「誰が演じるか」で映画を成立させる力を持っている。

アジアが生んだ世界的アクションレジェンド、ジャッキー・チェンは、間違いなく後者の代表格だ。酔拳の使い手であれ、香港の熱血刑事であれ、トレジャーハンターであれ、私たちはスクリーンの中に常に「僕らのジャッキー」を探し、彼が痛がれば共に顔を歪め、彼が笑えば共に笑ってきた。役名こそ違えど、そこにいるのは常に不屈の精神と愛嬌を兼ね備えたジャッキー・チェンその人だった。

本作のプロットラインは至極シンプルだ。そして、シンプルであることこそがジャッキー映画の真骨頂でもある。物語は、世界的アクションスターであるジャッキー・チェンが、動物園で生まれた赤ちゃんパンダ「ダーバオ(大宝)」の里親になることから始まる。しかし、その希少なパンダを狙い、謎の武装傭兵集団が動物園に潜入。ジャッキーは愛するパンダを守るため、マネージャーと女性飼育員(シー・ツェ)を巻き込んで、奇想天外な争奪戦を繰り広げることになる。  

「ジャッキー・チェン × パンダ」。この組み合わせを聞いただけで、顔が綻んでしまうのは筆者だけではないはずだ。世界一有名なアクションスターと、世界一愛されている動物。いわば「スーパー・スター × スーパー・スター」の競演である。資料によれば、ジャッキー本人は元々パンダが大好きで、四川大地震の後には実際に2頭のパンダの里親になり、パンダ大使も務めているという。まさに相思相愛、必然のキャスティングなのだ。

若者たちにイジられるジャッキー

映画の冒頭、観客は少し驚かされるかもしれない。そこには、ジャッキー映画には珍しく、容赦のない銃撃戦と、多勢に無勢のハードなアクションが展開されるからだ。30人近い敵を相手に孤軍奮闘するジャッキー。「おや、今回はシリアス路線か?」と身構えた瞬間、カメラが引いていき‥‥種明かしがされる。

この冒頭の仕掛けが示すように、本作は「ジャッキー・チェンという俳優」を客観視するメタフィクションの構造を持っている。劇中のジャッキーは、現実味のないストーリーや過激なだけのアクション撮影に飽き飽きしている設定だ。これは、CG全盛の現代アクション映画に対する、生身のアクションで時代を築いてきた彼なりのアイロニーかもしれない。だからこそ、パンダを守るために身の回りの道具を使って戦う、あの「泥臭くて楽しいアクション」へと回帰していく展開が、より一層のカタルシスを生む。

「本人役」ならではのコミカルなやり取りも見逃せない。特に印象的なのは、ジャッキーと行動を共にすることになるパンダ飼育員・シャオジューとの会話だ。彼女はジャッキーの大ファンかと思いきや、意外とドライで図太い。「なんでも聞いてくれ」と構える大スター・ジャッキーに対し、彼女は遠慮なくこう切り込む。

「総資産はいくら?」「付き合った人は何人?」。 これには百戦錬磨のジャッキーもたじろぐ。果たして彼がなんと答えたのか(あるいは答えられなかったのか)、そのリアクションはぜひ劇場で確かめてほしいが、こうした「スター・ジャッキー」をイジるような演出が、本作の風通しを良くし、彼女が放つ3つ目の質問が大きな伏線になるという仕掛けもある。

また、敵対する傭兵軍団の描写も秀逸だ。彼らはプロの悪党でありながら、同時に「ジャッキー映画を見て育った世代」でもある。戦いの最中に「サインをくれ」とねだったり、「子どもの頃から見てました! だから殴れません!」と躊躇したりする。

普通のアクション映画なら緊張感を削ぐ演出だが、本作に限ってはこれが正解だ。なぜなら、これは「ジャッキー・チェンという共通言語」を持つ者たちの祭典だからだ。敵さえも取り込み、最後にはなんとなく大団円に向かっていく。この「全方位への愛」こそが、殺伐とした現代映画に欠けている、昭和のジャッキー映画が持っていた「幸福感」なのだ。

配信元: otocoto

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