
「幼児を食べたブタに死刑判決」
そんな驚くべき出来事が、かつて本当に「裁判」として行われていました。
中世ヨーロッパでは、人を傷つけたり殺した動物が、人間と同じように法廷に立たされ、判決を受けていたのです。
現代の感覚では奇妙に映るこの慣習は、当時の人々にとっては、秩序と正義を回復するための真剣な制度でもありました。
今回は、中世フランスを中心に記録が残る「ブタの裁判」を手がかりに、動物裁判とは何だったのかを読み解きます。
目次
- 人間と同じように裁かれたブタたち
- なぜ動物を裁判にかけたのか
人間と同じように裁かれたブタたち
中世ヨーロッパでは、動物が裁判にかけられること自体が珍しい出来事ではありませんでした。
家畜やペットが人に重傷を負わせたり命を奪った場合、裁判所で正式な裁判が開かれ、被告として動物が扱われました。
中でも突出して多いのがブタです。中世の町ではブタが半ば放し飼いに近い形で飼育されることも多く、幼児が犠牲になる事故が現実に起きていました。
象徴的な事件が、1386年にフランス・ノルマンディー地方のファレーズで起きた裁判です。
ゆりかごにいた3歳の幼児を襲い、手足や顔をかみちぎった雌ブタは、正式に起訴され、有罪と認定されました。
処刑の際、このブタは人間の衣服を着せられ、公開の場で絞首刑にされたと記録されています。

この事件は、動物史研究者E・P・エヴァンズが著書『動物の刑事訴追と死刑』で詳しく紹介しています。
こうした裁判では、手続きも人間の犯罪者とほぼ同じでした。
告訴が行われ、証言が集められ、裁判官や陪審が判断を下します。
動物は投獄されることもあり、処刑方法も人間の死刑囚と共通していました。
実際、1457年にフランスのサヴィニーで起きた事件では、幼児を死なせた雌ブタが裁判にかけられ、死刑判決を受けて処刑されています。
一方で、同じ現場にいた子ブタたちは、犯行に関与した証拠がないとして無罪とされました。
このような記録は例外ではありません。
13世紀から16世紀にかけて、幼児殺害を理由に裁かれたブタの事例は数十件単位で確認されています。
中世社会において、ブタは単なる動物ではなく、「責任を問われうる存在」だったのです。
なぜ動物を裁判にかけたのか
中世の動物裁判には、世俗裁判とは別に、宗教的色彩の強いものもありました。
こちらは個体ではなく、バッタの大群やネズミの群れといった「集団」が対象です。
作物を食い尽くし、村に飢饉や疫病の危機をもたらす害獣に対し、教会的な儀式を通じて破門や追放を宣告しました。
目的は動物を罰するというより、町を清め、災厄が去るという希望を人々に与えることでした。
興味深いのは、動物に弁護士が付いた例まで存在する点です。
16世紀フランスでは、作物を荒らしたネズミを弁護した弁護士として、バルトロメウ・ド・シャスヌという実在の法律家が知られています。
彼は、被告であるネズミたちが安全に出廷できない事情を論じるなど、現代の法廷戦略にも通じる主張を展開しました。
こうした慣習は、当時の世界観を反映しています。
中世の人々にとって、犯罪や災厄は偶然ではなく、秩序の乱れとして理解されました。
動物による悲劇も、社会全体が向き合うべき「出来事」であり、裁判という形式は、その混乱に意味と区切りを与える儀式でもあったのです。
この感覚は文学にも反映されています。
ジェフリー・チョーサーの『騎士の物語』には、ゆりかごの幼児を食べる雌ブタが描かれています。
一見すると寓話的で誇張された表現に見えますが、当時の現実を知ると、決して荒唐無稽な想像ではなかったことが分かります。
奇妙な裁判が映し出す中世の正義
幼児を食べたブタに死刑判決が下されるという話は、現代の私たちには異様に感じられます。
しかし中世社会では、動物裁判は理不尽な迷信ではなく、秩序を回復するための一つの「合理的な手段」でした。
人と動物の境界が今ほど明確でなかった時代、ブタは単なる家畜ではなく、行為の結果を引き受ける存在として扱われていたのです。
この奇妙な制度は、私たちに問いを投げかけます。
責任とは誰に帰属するのか。悲劇に直面した社会は、どのように納得し、前に進もうとするのか。
中世の動物裁判は、その答えを必死に探していた人々の姿を、今に伝えているのかもしれません。
参考文献
Homicidal Hogs: Murderous Pigs on Trial in Medieval France
https://www.leidenmedievalistsblog.nl/articles/homicidal-hogs?utm_source=chatgpt.com
How Did a Pig End Up on Trial in the Middle Ages?
https://www.thecollector.com/how-did-a-pig-go-on-trial-in-the-middle-ages/?utm_source=chatgpt.com
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

