2026年のアメリカ野球殿堂の投票は、サイン盗みスキャンダルの首謀者の一人とされているカルロス・ベルトラン元外野手と、暴力事件を起こしたフランシスコ・ドリゲス投手、そしてセクハラ事件に巻き込まれたオマー・ビスケル元遊撃手の再検証のため、時間を費やした。
プエルトリコ出身のベルトランは、メジャーリーグ(MLB)暦20年で、通算2725安打、435本塁打、 1587打点、312盗塁という記録を残した。走攻守を兼備したいわゆる「5ツール・プレイヤー」で新人王(1999年)、通算9度のオールスター選出、同3度のゴールドグラブ賞受賞という輝かしい実績を残している。通算1500得点(1582)&1500打点以上を記録した選手は、メジャー史上38人しかおらず、通算500二塁打・400本塁打・300盗塁を同時達成した選手に至っては、わずか5人しかいないので、候補者となった4年前に殿堂入りしていても、おかしくない選手だ。
にもかかわらず、過去3年で彼の得票数が伸びなかったのは、現役最終年の17年、アストロズが球団史上初のワールドシリーズ制覇を成し遂げた際、「電子機器を使ってのサイン盗み事件」に関与した選手だったからだ。
お忘れの方もおられると思うので、改めて伝えておくと、それは17年~18年にかけて、アストロズの複数の選手と関係者が、試合中にビデオカメラを用いてサイン盗みを行った事件である。 球団史上初のワールドシリーズ優勝を成し遂げた約2年後、『ジ・アスティック』に掲載された記事によると、アストロズの選手や現場の関係者が外野席に設置されたカメラを駆使して、相手チームのサインをダグアウト裏で確認し、ごみ箱を叩たり、口笛を吹いたりする合図で、打者に次の球種を伝えていたという。メジャーリーグ(MLB)はアストロズの選手を含む関係者約60人の聞き取り調査を行い、報告書を作成。サイン盗みが実際に行われていたことを公表した。
MLBは罰金規定の最高額である500万ドルと20年、21年のドラフト1・2巡目指名権の剥奪、当時のジェフ・ルーノウGMと、AJ.ヒンチ監督(現タイガース監督)に20年終了までの停職処分という処分を下した(アストロズのジム・クレイン・オーナーはそれだけでは罪を拭えないと判断し、停職処分が発表された翌日、両者を解任している)。さらに、スキャンダルが行われていた当時のベンチコーチで、18年にレッドソックス監督としてワールドシリーズ優勝を成し遂げたアレックス・コーラ(現在は復職)と、当時、メッツの監督に就任したばかりのベルトランも即刻、解任された。
MLBがアストロズの選手へのペナルティを下さなかったのは、調査協力と引き換えに免責されたからだという。マンフレッド・コミッショナーは報告書で、「非常に多くの選手が関与しているので、選手の責任の程度を決めることは難しく、現実的ではない」と述べている。私がベルトランに投票し続けたのも、それが最大にして唯一の理由だが、過去3年の米野球殿堂投票を見る限り、記者の総意からは離れていたことになる。
現役時代、“K-ROD”の愛称で親しまれたロドリゲスはエンジェルス時代の08年に62セーブを挙げてMLBシーズン記録を樹立し、その記録は今も破られていない。通算457セーブも歴代6位で昨年、殿堂入りしたビリー・ワグナーの422セーブを上回っているが、WARやERA+といった分析指標では他のリリーバーの後塵を拝しており、キャリア後半に大幅に成績が低下したこともあり、元々、当落線上にいた。
とはいえ、彼の得票数が低かったのは、キャリア後半に起こしたいくつかの暴行事件の影響も大きい。最初は10年、当時交際していた女性の父親を暴行したとして逮捕され、第三級暴行罪で有罪を認め、1年間のアンガーマネジメント講座の受講と1万5000ドル以上の罰金の支払いを命じられた。12年には婚約者に対する家庭内暴力と暴行の容疑で逮捕されたものの、女性と目撃者が米国を離れて母国ベネズエラに帰国したため、不可解な起訴取り下げとなっている。
ビスケルは通算打率.272やOPS+82など、打撃成績では疑問を持たれているものの、同年代では最高の守備力(ゴールドグラブ賞11回受賞し、守備に関する記録も多数樹立している)と判断したため、何度か投票してきた。ところが彼も近年、得票数を激減させてきた。その理由はロドリゲス同様、いくつかの暴力事件に関与しているからだ。
最初は21年、元妻が6年間の結婚生活以前から、複数回にわたる家庭内暴力を受けたと告発。実際に怪我を負わせて警察に拘束され、その後、夫からの脅迫で手紙に署名させられた後、告訴を取り下げたと証言している。ホワイトソックス傘下のマイナー球団で監督をしていた時代には、自閉症のバットボーイに対するセクシャル・ハラスメントで訴訟を起こされ、民事訴訟を起こされている。
この2人とベルトランのスキャンダルはまったく毛色の違ったものだが、投票結果を見る限り、いずれも「選手の記録、プレー能力、スポーツへの貢献」だけでなく、「誠実さ、人格、スポーツマンシップ」といった側面を考慮されるようになった昨今のMLBの流れの影響を受けている。
じゃあ今年はどうするのか? と考えた時、私はベルトラン以上の成績を残しながら、薬物使用疑惑で投票外となったバリー・ボンズや、ロジャー・クレメンスにかつて投票し続けた過去に縛られた。 ボンズもクレメンスも、PED(パフォーマンス向上薬)が禁止されていなかった時代に活躍し、その成績だけでも殿堂入りに値すると判断したので投票したので、ベルトランが噂通り、不正行為に関与していたとしても「それは彼の通算成績にはあまり関係のない現役最終年だけのこと」と判断するべきではないか? と思ったわけだ。
それを今回、覆したのは皮肉にも、私自身の過去の投票だった。
今年の候補者のうち、通算成績だけなら、順位的に①“A-ROD”ことアレックス・ロドリゲス元内野手、②マニー・ラミレス元外野手、③アンディ・ペティット元投手 となっても不思議ではないが、彼らは全員、過去にドーピング検査で陽性反応が出たか、PED使用を告白した選手たちである。ボンズやクレメンスが検査で陰性反応だったにもかかわらず、結果的に殿堂入り投票から除外されたのだから、その3人に投票するのはフェアじゃないとの判断もあり、過去に一度も投票したことがない。
そこまで潔白を貫くのなら、たとえ使用前の成績が殿堂入りに十分だったとしても、ボンズやクレメンスには投票すべきではなかったが、彼らが殿堂入りを逃したことから、使用前の成績がどうであれ、たとえ一度の過ちであろうと許されないのだな、と思ったものだ。では、昨年まで投票し続けたベルトランに投票するのはどうなのか? さらに実際に刑事事件を起こしたK-RODやビスケルに投票する義理などどこにもないではないか、と考え直したわけだ。
結果的に今年の投票はルール上、許されている10人ではなく、ベルトランへの投票を白紙撤回するという意味で、9人のみに投票した。殿堂入りに値すると思って投票したのは、元楽天のアンドリュー・ジョーンズと、ボビー・アブレイユ元両外野手のみである。
ジョーンズは中堅手として通算10度のゴールドグラブ獲得に加え、キャリア最初の10年間で319本塁打(通算434本塁打)、fWARではボンズとA-RODに次ぐ3位と、PED全盛期にクリーンなイメージで乗り切ったトップクラスの選手だった。膝の故障で30歳以降のキャリアは落ち込んだものの、全盛期のパフォーマンスだけでも殿堂入りに十分と判断した。
ジョーンズ同様、アブレイユもステロイド全盛時にクリーンなイメージでプレーした選手だ。MVPや打撃タイトルとは無縁で、通算2度のオールスター選出、1度のゴールドグラブ賞、シルバースラッガー賞獲得と派手な受賞歴もない。しかし、8年連続でシーズン100四球以上を記録し、通算200本塁打(288本塁打)・1200四球(1476四球)・400盗塁(400盗塁)を達成した歴代4人のうちの1人であるというユニークな事実が、投票に値するのではないかと思った。
残りの7人=07年のナ・リーグMVPのジミー・ロリンズ内野手、通算6度のオールスター選出のチェイス・アトリー元内野手、通算9度のゴールドグラブ賞受賞のトリー・ハンター外野手、完全試合とノーヒッターを達成したマーク・バーリー投手、2008年のア・リーグMVPのダスティン・ペドロイア元内野手、通算7度のオールスター選出のデビッド・ライト元内野手は全員、殿堂入りすると思って投票したわけではない。
通算成績その他は、殿堂入り選手のそれに遠く及ばないのに投票した理由は、「最多10人」に投票しても良いルールがあるから。殿堂入り投票で「認識されて然るべき存在」だと思って投票した。
過去の殿堂入り選手の評伝などを読む限り、彼らのすべてが善人だとは言えないし、暴力事件や性的被害に遭った人々が自ら進んで声を上げるなど、アメリカ社会が大きく変わった現在では、人間的に殿堂に値しないと判断される選手もいるかもしれない。
その影響は殿堂入り投票にはっきり出ており、我々のような外国人の投票者にも、野球選手を野球選手としてだけではなく、一人の人間として見よ、と首根っこをつかまれているような気がしてならない。
だから、こういう懺悔をしてしまう羽目になるのだが、今回、ベルトラン(とジョーンズ)の殿堂入りが発表され、来年はサイン盗みのことをまったく考えず、投票できるようになったので、少しは肩の荷が降りたような気がする新春である――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
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