岡山県立矢掛高校の生徒たちが、使われなくなった制服をリメイクし、カンボジアの難民キャンプで暮らす子どもたちへ届けた「シュシュ」。
それは、単なるリサイクルや物資支援ではありません。
戦禍や避難生活の中で、「おしゃれをする」「自分らしくいられる」といった当たり前を失った人たちに、日常を取り戻すきっかけを届ける取り組みです。
この活動を支えたのは、高校生の探究学習と、教育支援を通じて世界と向き合ってきた「なかよし学園プロジェクト」の存在でした。
小さな布の輪に込められた想いは、国や立場を越えて、人の心に静かに届いています。
戦禍の中で失われていく「日常」と「自分らしさ」

戦争や紛争によって住む場所を追われた人々の生活では、まず命を守ることが最優先されます。
水や食料、最低限の衛生環境の確保が何よりも重要で、衣服や身だしなみ、遊びや学びといった要素は、どうしても後回しになりがちです。 今回、支援が行われたカンボジアの避難民コミュニティでも、そうした状況が続いています。
避難先は寺院や共同施設になることが多く、一時的な仮住まいではなく、先の見えない「長期の生活拠点」になってしまうケースも少なくありません。

こうした環境では、特に女性や子どもたちへの負担が大きくなります。
家事や育児、物資の受け取り、安全の確保などが日常的に求められる中で、子どもたちもまた、遊びや学びの機会を失いがちになります。
その中で、静かに失われていくのが「自分らしさ」という感覚です。
服を選ぶ、髪を整える、身だしなみに少し気を配る。
日本では当たり前とされているこうした行為も、避難生活の中では贅沢なものになってしまいます。
何を身につけるかを選べない。
自分のために身だしなみを整える余裕がない。
そうした状況が続くことで、「自分で決める」という小さな自己決定の積み重ねが失われていきます。
だからこそ、今回の取り組みで届けられた「シュシュ」は、単なる装飾品以上の意味を持ちました。
髪を結ぶという何気ない行為が、「自分のために整えていい」という感覚を思い出させるきっかけになる。
それは、日常を取り戻すための小さな入口でもあります。 避難生活が長期化するほど、人の心を支える要素の重要性は増していきます。
今回の支援は、そうした数字では測れない部分に向き合った取り組みでした。
「物」を送るのではなく、「意味」を届けるという支援のかたち

今回の取り組みを支えたのが、教育支援や平和教育を軸に活動を続けている特定非営利活動法人なかよし学園プロジェクトです。
同団体が大切にしているのは、「何を届けるか」だけでなく、「なぜそれを届けるのか」という視点です。
なかよし学園プロジェクトの支援は、単に物資を送ることを目的としていません。
避難生活の現場では、確かに食料や水、衣類といった物資は欠かせません。
しかし、それだけでは長く続く不安や喪失感を埋めることは難しい。
だからこそ同団体は、支援に「意味」や「ストーリー」を重ねることを重視しています。 今回、カンボジアの難民キャンプで活用されたのは、矢掛高校の生徒たちが制作したシュシュでした。
使われなくなった制服をほどき、新しい形に生まれ変わらせたこのシュシュは、見た目こそ小さなアイテムですが、その背景には明確な意図があります。

それは、「おしゃれを楽しんでいい」「自分を整えていい」というメッセージを届けること。
戦禍や避難生活の中で、身だしなみを整えることや自己表現は、どうしても後回しにされがちです。
だからこそ、その“当たり前”をそっと取り戻すきっかけになるものを届けたい。
なかよし学園プロジェクトは、そうした想いを高校生たちの探究と結びつけました。
重要なのは、このシュシュが「支援物資」ではなく「教材」として位置づけられている点です。
現地では、単に配るだけでなく、授業や交流の場の中で手渡されました。
「なぜこれが作られたのか」「誰がどんな気持ちで届けたのか」。
そうした背景とともに受け取ることで、支援は一方通行のものではなく、対話のきっかけになります。
なかよし学園プロジェクトが目指しているのは、「支援する側/される側」という関係を超えた学びの循環です。
日本の高校生は、世界の現実を自分事として考え、行動に移す。
一方、現地の人々は、遠く離れた場所から自分たちを想う存在がいることを知る。
その往復の中で、支援は“与えるもの”から“共有されるもの”へと変わっていきます。
シュシュに込められた価値は、布そのものではありません。
制服という日常の象徴をほどき、もう一度誰かのために結び直すという行為そのものが、
「あなたの人生はここからも続いている」という静かなメッセージになります。
