
吉沢亮さん(2020年2月、時事通信フォト)
【画像】え…っ! 「ご本人もめっちゃイケメン」「吉沢亮とは違うタイプ」 コチラが『ばけばけ』錦織のモデル・超秀才の人物です
錦織のモデルは大学は出ていないけど超優秀
2025年後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、1890年に来日し、『知られぬ日本の面影』『怪談』などの名作文学を残した小泉八雲さん(パトリック・ラフカディオ・ハーン)と、彼を支え、「再話文学」の元ネタとなるさまざまな怪談を語った、妻・小泉セツさんがモデルの物語です。
第16週79話では「レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)」の同僚で友人の「錦織友一(演:吉沢亮)」が、県知事「江藤安宗(演:佐野史郎)」から校長になることを打診されました。彼の若さを考えるととてつもない出世ですが、錦織本人は校長職にあまり興味がないようです。しかし、ヘブンは錦織が校長になってくれた方が安心だと言い、彼も昇進を前向きに考え始めました。
錦織のモデルである西田千太郎さん(1862年~1897年)は、1873年4月に松江の雑賀小学校に入学して以降、ずっと成績優秀で首席の座にいた秀才です。学制発布の後に小学校へ入学したため、年齢は違いますが、同時期の雑賀小学校には第25、28代内閣総理大臣となった若槻礼次郎さんや、日本の「近代スポーツの父」として知られる弁護士・政治家の岸清一さんがいました。
西田さんは1876年に教員伝習校変則中学(後の松江中学校、島根県尋常中学校)に入学した後も優秀な成績を収めていましたが、1880年に家の事情で中退、そのまま授業手伝(教員見習い)の立場で同校の教師となります。
そして1885年、すでに結婚して子供も生まれていた西田さんは、新しく始まった「文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験(文検)」で、正式に教員免許を取得をするために中学校を退職して上京し、翌1886年に心理学、論理学、経済学、教育学で文部省中等学校教員の検定試験にみごと合格しました。
その後、西田さんは兵庫県の姫路中学校、香川県の済々学館での勤務を経て、1888年に母校の島根県尋常中学校の教員となっています。優秀かつ人格者で生徒たちから尊敬されていたという西田さんは、1889年には教頭心得兼務、1891年には校長心得の立場になりました。
西田さんは1890年8月30日付けでラフカディオ・ハーンさんが松江にやってきた際、すでに教頭職をしていたことになります。大学を出ていないため、正式な教頭・校長職にはなれなかったそうですが、20代のうちにここまで出世したのは驚異的です。
ちなみに、錦織もかつて東京で勉強し試験を受けていた際、中学を中退したことや大学には行けていないことが語られていました。79話では錦織が江藤が「かわいい生徒たちに、君のような道をたどってほしくはないだろが」と言われる意味深な場面がありましたが、満足な形で学問を収めることができなかった彼の過去が、関係しているのかもしれません。
また、西田さんは結核のせいで、1897年3月に34歳の若さで亡くなってしまいますが、錦織にも同じ運命が待ち受けているのかも気になるところです。
参考:『小泉八雲と松江 異色の文人に関する一論考』(島根出版文化協会)
