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“バントの神様”川相昌弘の殿堂入り落選は間違っていない――「犠打世界記録」だけを重視する姿勢こそ問題<SLUGGER>

“バントの神様”川相昌弘の殿堂入り落選は間違っていない――「犠打世界記録」だけを重視する姿勢こそ問題<SLUGGER>

去る1月15日、2026年の日本野球殿堂投票結果が発表された。得票率75%(341票中256票)をクリアして選出されたのは、エキスパート部門の栗山英樹(以下敬称略)のみだったが、もう一人話題をさらった人物がいる。

 プレーヤー表彰でわずか2票差(254票)で落選し、しかも投票対象ラストイヤーとなる15年目だったため、殿堂入りできなくなってしまった川相昌弘だ。通算533犠打の世界記録を持つ“バントの神様”の落選には批判も多く、一部では「殿堂の存在意義に疑問さえ浮かぶ」との声すらある。

 だが率直に言って、この論調には違和感がある。

 ここで、改めて川相のキャリアを振り返ってみよう。プロ23年のキャリアで通算1909試合に出場し、打率.266、43本塁打、1199安打。確かに立派な数字だが、通算1000安打達成者は史上326人もいて、これだけでは到底、殿堂入りの要件足りえない。遊撃でゴールデン・グラブ賞を6度受賞しているとはいえ、これもずば抜けて多い数字ではない。ちなみに、同ポジション最多8回のゴールデン・グラブを誇る山下大輔は殿堂入りしていない。

 つまるところ、川相の殿堂入りを根拠づけているのは、ギネスブックにも載っている犠打世界記録だけ、ということになる。

 では、その世界記録にどれだけ価値があるのだろうか。
  よく知られているように、近年、バントの「価値」については疑問を呈する声が高まっている。セイバーメトリクスの観点からは、ごく限られたケースを除き、ほとんどの場合で送りバントは得点期待値をむしろ下げてしまうという結果が出ている。事実、データ分析が日本よりはるか先に進んでいるMLBでは、バントはもはや戦術としてほとんど重視されていない(オリオールズなどは昨季、162試合でわずか4回しか犠打を記録していない)。

 そもそも、送りバントという作戦は、打力に劣る選手に対して命じられる作戦である。そう考えれば、「犠打の世界記録」をことさら持ち上げることの正当性に疑問符がつく。打率や安打、本塁打、打点、OPS(出塁率+長打率)なども含め、総合的に見て川相を遥かに凌駕している選手が数多くおり、彼らを差し置いて川相の殿堂入りを声高に主張するのは、物事の優先順位を正しく捉えられていないのではないか。

 例えば今回、6回目の投票に臨んだ小笠原道大には47票しか投じられていない。06~07年に両リーグにまたがって2年連続MVPを受賞し、通算打率.310は歴代10位(4000打数以上)、通算2120安打を放ち、王貞治、落合博満と並んで史上3人しかいない11年連続OPS.900を記録した歴代屈指の強打者がたったの47票に終わったのだ。

 捕手では野村克也、田淵幸一と並んで史上3人しかいない通算400本塁打達成者であり、2000安打もクリアしている阿部慎之助(現巨人監督)は85票、小笠原よりは多いが川相の約3分の1の得票数に終わった。日本プロ野球史上でも有数の捕手である阿部は、本来なら資格を得て一発で殿堂入りしていなければおかしいはずだ。

 大卒では史上5人しかいない通算2000安打&400本塁打の達成者である小久保裕紀(現ソフトバンク監督)に至っては、今回が9回目の投票でありながら得票数わずか24の惨状である。  

 この3人は実績においても、総合的な貢献度においても川相を遥かに上回る。それなのに、「世界記録」という分かりやすいトレードマークがないがために低い得票数に終わっているのだとしたら、むしろその点でこそ投票者の見識が問われるべきだろう。
 「スラッガーの阿部や小笠原、小久保と川相は単純に比較できない」というなら、同じ二遊間の選手はどうだろうか。

 奇しくも、今回のプレーヤー表彰投票で川相に次ぐ2位、3位に入ったのはいずれも遊撃手だった。

 まず、222票を得て3位につけたのは松井稼頭央(3回目)である。MLBで7年プレーしたにもかかわらず、NPBだけで2000安打をクリア(日米通算では2705安打)し、通算本塁打数は201、盗塁は363でゴールデン・グラブも4回受賞。走攻守揃った、プロ野球史上屈指のトータルプレーヤーである。
 
 そして、2位は宮本慎也だった。遊撃でのゴールデン・グラブ受賞は川相と同じ6回で、他に三塁で4度の受賞経験がある。通算安打数は2133安打で川相より1000本近く多く、プロ野球史上4人しかいない大卒社会人選手の2000安打達成者でもある。何より、彼もまたバントが非常に多い選手で、歴代3位の408犠打。01年には他ならぬ川相の記録(66犠打)を破るシーズン67犠打の世界最多タイ記録を打ち立てた。

 言わば、宮本は川相の“上位互換”だ。バントの価値を重視するなら、犠打を数多く決め、なおかつ打撃や守備の「質や量」でも川相を上回る宮本の方が先に殿堂入りしていなければおかしい。

 日本の殿堂入り投票はいわゆる年功序列が重視される傾向があり、だからこそラストチャンスだった川相の落選が騒がれている側面もある。だが本来、殿堂入り投票に年功序列が入り込む余地はないはずだ。
  ここで、昨年のアメリカ野球殿堂の投票結果を振り返ってみよう。記者投票で殿堂入りを果たしたのは、シーズン最多記録の262安打をはじめ数々の偉大な記録を打ち立てたイチロー、通算251勝を挙げたCCサバシア、歴代8位の通算422セーブを挙げているビリー・ワグナーの3人だった。

 イチローとサバシアは殿堂入り資格を得て1年目で“一発合格”だったのに対し、イチローより2歳上で、引退も9年早かったワグナーはラストチャンスの10回目でようやく殿堂入りを果たした。

「年功序列」を重視するなら、ワグナーがイチローやサバシアより先に殿堂入りするべきだが、そんな議論はアメリカでは絶対に起こらない。なぜなら、端的に言ってイチローの実績の方がワグナーを遥かに上回るからだ。

 殿堂入り表彰とは、長いプロ野球の歴史の中でも卓越した業績を残した人々を称えるものだ。特に「プレーヤー表彰部門」と銘打たれているからには、現役時代の実績や球史における位置付けを正しく評価することでこそ権威が保たれる。

 その意味で、小笠原、小久保、松井、宮本らが殿堂入りを果たした上で「川相も」というなら、まだ理解できる。だが、「犠打世界記録」だけを盾に、彼らを差し置いて川相が殿堂入りするべきというのは本末転倒と言わざるを得ない。

 これを機に、殿堂入り投票権を持つ記者におかれてはプロ野球の歴史やセイバーメトリクスも含めた各スタッツへの理解をより一層深めてもらいたい。そうでないと、いつまで経っても日本の殿堂入り投票はアメリカのような権威と認知度、ファンの支持を得られないままだろう。そしてそれは、過去の名選手の偉大さを後世に語り継ぐという重要な営みにおいても大きなデメリットをもたらしているのだ。

文●久保田市郎&筒居一孝<SLUGGER編集部>

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配信元: THE DIGEST

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