最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
元阪神 横田慎太郎選手"奇跡"に隠された秘話

元阪神 横田慎太郎選手"奇跡"に隠された秘話

映画「栄光のバックホーム」公式インスタグラムより
元阪神タイガースの横田慎太郎選手が亡くなったのは、2023年7月18日のことだった。横田選手を「横田くん」と呼ぶ、スポーツジャーナリストの吉見健明氏が、秘話を明かしてくれた。

「この映画は世に出てよかったと思う」

早いもので元阪神の横田慎太郎選手(外野手)が脳腫瘍という病魔に侵され、28歳の短い生涯を終えてから約2年半が過ぎた。

そんな横田くんの壮絶な人生を描いた映画『栄光のバックホーム』(昨年11月28日公開)が、観客動員100万人を超えるロングランの大ヒット、感動の渦を巻き起こしている。

本作は横田くんが生前に書いた著書『奇跡のバックホーム』と、闘病を支えた家族への取材を基に製作されている。

あまりに生々しい実話のため、当初は映画化に関しては賛否両論があったと聞く。しかし、やはりこの映画は世に出てよかったと思う。

そこには横田くんが生きた証しがあった。同じ病と闘う患者やその家族への大きな励みにもなるだろう。

筆者も実に50年ぶりに映画館まで足を運んだが、スクリーンには涙なしには語れない奇跡のような真実が確かに残されていた。

ちなみに、筆者が横田選手を「横田くん」と呼ぶのには理由がある。記者という立場以上に、1人の人間として深い縁があったからだ。

実は、筆者が住んでいるアパートの大家は元ヤクルト球団幹部の吉川登氏で、その夫人の実妹(主演・鈴木京香)が横田くんの母親だったのだ。

そんな縁もあって、横田くんがドラフト2位で阪神に入団したときから注目していた。

攻走守の三拍子揃った好選手で、阪神も将来の中心選手として大きな期待をかけていた。

事実、「ミスタータイガース」の掛布雅之も私の取材にこう語っていたほどだ。

「間違いなく3割30本、30盗塁を狙える近年、稀に見る素晴らしい逸材です」

新人時代、二軍監督を務めていた掛布は、いずれ自身の背番号「31」を継ぐ選手として、横田の名前を挙げるほど期待していた。

【関連】追悼「日本一の三塁ベースコーチ」高代延博さん“クセ、サイン盗み”秘話

周囲は沈黙するしかなかった

しかし2017年、横田は原因不明の頭痛で倒れてしまう。球団は病状を公表せず、慎重な対応を続けた。

期待の若手だけに当初はマスコミの取材攻勢も激しかったが、命にかかわる脳腫瘍という病名が漏れ伝わってくると、周囲は沈黙するしかなかった。

その頃、私は吉川夫人が頻繁に故郷の鹿児島へ帰る姿を何度も目にしていた。

表情から事態の深刻さを感じ取れたが、吉川氏に具体的な話を聞くことは躊躇われた。

球団関係者や阪神OBへの取材から彼が生死の境を彷徨っていることは掴んでいた。

身近な縁を感じていたからこそ、深く取材することができなかった。

それだけに治療によって症状が寛解し、彼が再びグラウンドに戻ってきたときの嬉しさは例えようがなかった。

阪神も育成選手として再契約するなど、その復活を信じていた。

しかし、現実は残酷だった。現役最後の年となった'19年の春季キャンプ。身体は動くのだが、脳腫瘍の後遺症で視力が失われつつあった。

打撃練習では投手の球が二重に見え、自分の打った打球も見えなかった。

現役引退時に二軍監督を務め、横田の闘病と復帰に向けた努力を誰よりも知っていた平田勝男は筆者にこう明かしていた。

「脳の状態は回復していましたが、目に違和感があって、もうほとんど見えなかったんです」

配信元: 週刊実話WEB

あなたにおすすめ