お前の定位置はセンターだ
この年、引退試合となった福岡ソフトバンクホークスとのウエスタン・リーグ最終戦は映画のクライマックスにもなっている。
横田は9回表から守備に就く予定だったが、8回表にチームが2死二塁のピンチを迎えた局面で、平田二軍監督は横田の起用を決断する。
平田は選手交代を告げる前に横田を呼び寄せ、「おい横田、どこを守る?」と聞いた。
目に違和感を抱えていた横田は、せめてチームに迷惑をかけたくないという思いから打球が飛びにくい場所を、と考え「ライトなら…」と呟いた。
だが、平田は迷わずこう言った。
「お前の定位置はセンターだ!」
客席では横田の両親が手を合わせ、「息子の前に打球が飛びませんように」と必死に祈っていた。
そして奇跡は起きる。センター前にライナー性の打球が飛んだ。
二塁打を放っていたセカンド走者はホームを狙う。ほとんど目の見えない横田はワンバウンドで打球を捕球すると、流れるような動作で本塁に向かって力強く腕を振り抜いた。
バックホームされた球はノーバウンドで捕手のミットに吸い込まれた。
判定はアウト。
その瞬間、球場内からは歓声と共にすすり泣きの声が聞こえてきた。横田の「野球がやりたい」という執念が神様を動かした瞬間だった。
奇跡を起こした横田だったが、引退後、再び病魔が彼を襲った。その絶望感は常人には計り知れない。
しかし、彼は不屈の精神でそこから再び這い上がった。「生きたい」「人のために役立ちたい」と第二の人生を歩み始めたのだ。
掛布や金本知憲をはじめ、多くの仲間が彼のために全国の病院を探し回り、見舞いにも通った。吉川夫人も「監督やOBの方々、チームの皆様には本当によくしていただきました」と感謝を口にしていた。
2023年7月18日、彼は天国へと旅立った。
その年の秋、岡田阪神は38年ぶりの日本一に輝いている。横田くんが病床で祈り続けた阪神の栄光だった。
日本一の歓喜の輪の中で同期入団の岩崎優投手が背番号「24」のユニホームを掲げていた。
宙を舞う横田くんの背番号。それは彼の「生きる力」がチームメイト、そしてファンの心に生き続けている証しであった。
【一部敬称略】
「週刊実話」1月29日号より
吉見健明
1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。
