自分のせいで周りの人を不幸にしている
3度目のひきこもりは4年間続いた。以前ひきこもったときのようにゲームに逃げたかったが、貯金を取り崩しながらの生活で不安がつのる。ゲームにものめり込めず、ひたすら自問自答を続けたという。
「自分は子どものころから自己肯定感が皆無で、親がアル中なのも、家の中が最悪なのも、全部自分が引き起こしている、自分が周りの人を不幸にしているんだと思っていました。家を出た後も、自分の人間性が悪いから人とコミュニケーションを取れないんだとか、自分が弱いから仕事を辞めたんだとか、ずっと自分を責め続けたんです。
眠いのに眠れないとき、自分を責めていると、もうダウナーになるしかないから眠れるんですよ。逆に、前向きなことを考えようとすると、焦りも出てくるし頭がグルグルして眠れなくなる。だから自分にとって楽なほうに流れただけなんです」
泥沼のような状態から助け出してくれたのは兄だ。1〜2か月に1度、電話で話を聞いてくれた。
「兄がくり返し言ってくれたのは、親があんな風だから子どもがこうなったんだ。自分のせいだと思わなくていいんだと。あんな親でも憎んだり、嫌いになるのはいけないことだと思っていたけど、『憎んでてもいいんだ』とも言ってくれて。
自分を責める悪癖を止めないと好転しないと気づいて、すぐにすべてをひっくり返せたわけじゃないけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ考え方を変えて。
兄が教えてくれた認知行動療法も学んで、『 自分 はそうやって生きるしかなかったんだ』と自分を許して、受け入れていく作業は長くて大変だったけど、兄がずっと付き合ってくれたんです。5時間とか話すのがざらでした」
その当時、すでに兄は家庭を持ち看護師として働いていた。忙しい中、どうしてそこまで献身的につき合ってくれたのか。疑問に思って聞くと、兄はケイさんに対して罪悪感を持っていたのだという。
「俺は家族全員から否定されていた子なんですよ。今思えば、家族全員、人生を耐えるために、自分より下のポジションが必要だった。だから、俺がなんかやろうとすると母親から 『余計なことしないで』と散々言われたし、 子どもらしく絵を描いてたときも兄から『下手』と言われて。
肯定されたことがほとんどないから、自己肯定感が皆無になった。それを兄はわかっていて、謝ってくれました。
そして、何より、俺がこのまま人生の楽しさとか喜びとか、何も知らないまま死ぬのはもったいないって」
「父親は憎んでいないけど、母のことは未だに許せない」
ケイさんが変わりつつあったある日、父親が喉頭がんで余命宣告をされた。それでも、変わらず酒を飲み続ける母親に、「俺は死ぬっていうのに、どうしてお前はそうなんだ」と父親が爆発。母親に包丁を突き付けて警察沙汰に。 両親を警察まで迎えに行ったのは、ケイさんだ。
「ひきこもりの自分が警察に行くのは大変でしたけど、兄は夜勤で行けなくて。飲んだくれて保護された母親を迎えに行ったことも何度かありました 」
警察で「事件が再発しないよう兄弟で何とかしてくれ」と言われ 誓約書を書かされた。兄と相談して母をアルコール依存の専門病院に3か月入院させた。母が酒をやめると父親も飲まなくなり、「何がきっかけになるかわからない」と驚いたという。
「父のことは恨んでも憎んでもいないです。同情するわけじゃないんですけど、父にとっても家が最悪の状況の中で家族のために働き続けた。稼ぎ続けた。いや、正直、すごいなと。でも、母のことは未だに許せてはいないです。だけど、離れていれば、どうでもいいかな」
まもなく父親が逝去。葬儀が終わると、ケイさんと兄は役所関係、銀行や携帯電話の解約など、さまざまな手続きに追われた。
「自分の貯金も尽きかけていたし、父親が死んだら自分も死ぬしかないと思っていました。それが、やったことのない手続きとかハードルを一つ一つクリアしていくと、自分でもいろいろできるんだという実感が持てて、前向きな気持ちが湧いてきたんです。そういう意味では、父がくれたきっかけに感謝しています」

