今冬、最も強い寒波が日本列島に襲来した1月21日、ヤクザ業界に衝撃の一報が流れた。
「四代目福博会の金城國泰会長(2枚目の写真)が亡くなった」

にわかには信じられなかった。というのもほんの1カ月半前、12月の初頭に六代目山口組(司忍組長)=1枚目の写真=へ時候の挨拶訪問を行う元気な金城会長の姿を本誌のカメラは捉えていたからだ。しかし、その日のうちに、翌22日に福岡市内の斎場で葬儀が執り行われるという情報も入手。本誌が急行すると、会場には、青山千尋最高顧問(二代目伊豆組組長)や生野靖道若頭補佐(四代目石井一家総長)ら、六代目山口組の九州ブロックの直参らが、通夜の開始前かに駆け付けていた。
午後5時、竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)が到着する。福博会最高幹部らが出迎え、足早に霊前に向かった(3枚目の写真)。

後の取材で明らかになったが、
「竹内若頭は葬儀の報せを受けて、名古屋から新幹線で博多に向かったそうだ。だが折からの寒波の影響で、滋賀・米原周辺が大雪。徐行運転に入り、博多到着が大幅に遅れたという。ただそれでも通夜の開始時間には何とか間に合ったそうだ」(地元関係者)
六代目山口組一行が退出した後は、。住吉会(東京・小川修司会長)稲川会(東京・内堀和也会長)を始め、全国の組織から弔問客が訪れた。中四国や九州の団体のトップ、最高幹部らの姿も確認できた。みな一様に、突然の訃報に戸惑いながらも、最後の別れを惜しんでいたようだった。福博会と近しく、葬儀にも参列した地元の会社経営者が語る。
「午後7時以降に五代目工藤會(福岡・野村悟総裁、田上文雄会長)、道仁会(福岡・福田憲一会長)、太州会(日高博会長)、三代目熊本會(森原秀徳会長)の九州四社会からも弔問客が訪れたそうです。金城会長は年末に不意の事故で入院し、年明け後、肺炎に感染し容体が急変したと聞きました。66歳と若かったので驚きと悲しみに耐えません」
葬儀の翌23日、福博会が本部事務所を昨年11月に売却していたことが報道された。会長の突然の死に加え、活動の要たる本部の消失。突如、押し寄せた荒波を福博会はどう乗り越えていくのか、注目される。
1月27日発売の「週刊アサヒ芸能」2月5日号では、詳細な葬儀のレポートと写真、山口組と福博会の「秘めた絆」についても詳報する。
(アサヒ芸能編集部)

