都内下町にある古ぼけたアパートに暮らす藤井正則さん(仮名・60歳)、康子さん(仮名・55歳)夫婦。
今でこそ、正則さんはビル清掃、康子さんは介護の仕事をしながらつましく暮らしているが、3年前までは設備会社を経営し、都内の一等地にオフィスを構え、高級住宅街と呼ばれる地域に住居を構えるセレブだった。
「落差が凄いでしょ? ぜーんぶ保証人になったせいですよ」と、自嘲気味に語るのは正則さん。話は10年前にさかのぼる。
「大学時代の同窓会があったんですよ。そこで昔付き合っていたA子と再会したんです。A子とは将来を誓った仲でしたが、彼女は地方の老舗料亭の跡取り娘だったし、僕も長男で両親の面倒を見ないといけないから、結婚は無理ってことで別れたんです。でも再会したら焼け木杭に火がついてしまいました」
A子さんは独身だったが正則さんには妻子がいた。
「自分が家庭を捨てられないばかりに、A子を日陰の存在にしてしまったことを申し訳なく思っていた」という。
ある日A子さんから「(連帯)保証人になってくれないか?」という相談を持ち掛けられる。
「実家の料亭の経営が火の車で、立て直しのために銀行から5000万の融資を受けたいが土地や建物を担保にしてもまだ足りない…というんです。他に頼れる親戚もいないということでした。彼女が僕との結婚を諦めてまで継いだ料亭です。せめてそれだけは守ってやりたいと思って保証人の欄にサインしました」
「御恩に報いるためにもしばらくは事業に専念したい」…そう言い残してA子さんは正則さんと疎遠になった。
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家財を失い、娘にも縁を切られた…
「と言っても、たまに連絡はとってましたよ。建物をリフォームしたり、評判の良い板前を引き抜いたりして順調に再起を図っているという感じでした。『お店が軌道に乗って余裕ができたら会いに行きます』というA子の言葉を支えにしていました」
お互い再会の日を待ちわびながら、メールや電話でのやりとりを続けていたそうだが、3年後にコロナ禍となり、A子さんは再び窮地に陥る。
「せっかく盛り返したと思った矢先だったのにホントに可哀想でした。しかも悪いことは重なるもので、その頃A子の母親が認知症になり、介護にかまけているうちに経理を担当していた番頭に店の金を持ち逃げされたんです。間の悪いことにその頃は僕の方の事業も思わしくなくなったので、A子のことはそれっきりになっていました」
それから1年。正則さんのもとに金融機関から「A子さんが自己破産した」という連絡が届く。
「つまり5000万円の借金は僕が背負うことになったわけです。保証人のサインをした時は最悪でも5000万なら自分の裁量で何とかなると思っていましたが、もう事情が変わっていましたので無理でした」
結果、正則さんも自己破産することになった。
「会社も自宅も車もすべて手放すことになりました。裁判所の人間が自宅に来て家探しのようなことをされた時は屈辱でしたね。自己破産の決定が下りてからも生活を弁護士に管理されるんですよ。郵便物を受け取るためだけに弁護士のところに足を運ぶんですが、なんか蔑むような目で見られている気がして、自分が本当に情けなかった」
結婚当時から夫に逆らうことが一切なかったという康子さんはすべてを受け入れて正則さんと一緒にいることを選んだが、嫁いだ娘さんたちからは縁を切られたという。
「婚家から何か言われたみたいですね」
そして現在に至る。
「かつての自分たちからは想像もできない生活ですが、仕事や付き合いにかまけていた頃よりも『一緒にいる時間が増えて嬉しい』と妻は言ってくれてます。妻はもともとあまり裕福な家の出ではないので生活の苦労には慣れているようです」
当たり前だった海外旅行やブランド品とは無縁となり、化粧もせず髪を振り乱して働く妻に「感謝しかない」という正則さんだが、いまだに保証人になった相手がA子さんだったことは伝えていない。
「とてもじゃないけど言えません。二重に妻を裏切ったことになりますから」
「贖罪」という十字架を背負った正則さんの第二の人生はまだ始まったばかりだ。
取材・文/清水芽々
清水芽々(しみず・めめ)
1965年生まれ。埼玉県出身。埼玉大学卒。17歳の時に「女子高生ライター」として執筆活動を始める。現在は「ノンフィクションライター」として、主に男女関係や家族間のトラブル、女性が抱える闇、高齢者問題などと向き合っている。『壮絶ルポ 狙われるシングルマザー』(週刊文春に掲載)など、多くのメディアに寄稿。著書に『有名進学塾もない片田舎で子どもを東大生に育てた母親のシンプルな日常』など。一男三女の母。
