渡邉規和さんによるマネジメント上のポイント
久美さん、本当にお疲れ様でした。退職代行を活用し退職した後、心身が回復し健康に過ごせていることを願ってやみません。
さて、企業が取り組むうえでのポイントを、とのご依頼にお答えします。久美さんが勤めていたメーカーに限らず、言うまでもなく仕事は納期までに品質を満たした商品を受注数量そろえて納める必要があります。顧客からの依頼と期待に応え続けることで信頼が蓄積されていきます。
その仕事を完遂するためには、時に定時を超えた残業が必要な場面もあることでしょう。 しかし、それには限度があります。 そして言うまでもなく、不正は完全にNGです。とはいえ、現状は「上からの指示だから」、「みんなやっているから」 と、不正だとわかっていても無批判に指示に従ってしまっているブラック企業の管理職もいるのはなぜでしょうか。
ブラック企業の管理職が、過度な残業を命じ、社員を無理やり働かせようとし、辞めさせないようにする……。こうしたハラスメント行為に及んでしまう背景には、ミルグラム実験で示された「権威への服従」の心理が働いているといえます。
ミルグラム実験とは、1961年にアメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムが行った社会心理学の実験で、人がどれほど権威者の命令に従うかを検証したものです。実験では、参加者が教師役として、間違えた回答をした生徒役に対して電気ショックを与えるよう指示されました。電圧は15ボルトから始まり、最大450ボルトまで段階的に上がる設定です。
実は、実際には電気は流れていないのですが、生徒役は電気が流れるたびに苦痛の演技をします。多くの教師役は、生徒役が苦しむ姿に苦悩しながらも、白衣を着た権威者の「続けてください」という言葉に従い、最終的には高電圧のショックを与え続けたといいます。
このミルグラム実験の結果から「『命令する側が責任を持つ』と認識することで、実行者が自らの倫理的責任を回避しやすくなる」、すなわち「権威への服従」が示されているといえます。
同様に企業においても、社長や役員などの権威者から命令されると、たとえ自分は異なる意見を持っているとしても、「(正しくはないと思うが)これは自分の判断ではない、会社の命令だ」とか、「(間違っているとは思うが)会社の方針だから従っているだけだ」と自らの責任を回避して、不正を実行してしまう構造が存在することもあるのではないでしょうか。
では、こうした「権威への服従」を克服するには、どうすればよいでしょうか?
まずは、一人一人が決して、「『命令に従うこと=正しいこと』とは限らないこと」を認識することが重要なのではないでしょうか。つまり、現場の社員や中間管理職が、上位者に対して「異議を唱えることができる文化」の醸成です。
組織の中で、誰もが声を上げられる環境を整えることが、権威への盲目的な服従を防ぐことにつながることでしょう。もちろん並行して、組織の取り組みとして「その指示・命令は妥当なのか?」を絶えず上位者や周囲が互いに検証しあい、フィードバックしあえるようにすることも重要です。その理想の姿は会津藩校日新館の「什の掟」の最後にある「ならぬことはならぬものです」を、互いに言い合える組織だと私は思います。
協力者プロフィール
MOMURI+(モームリプラス)
「退職代行モームリ」を管理している株式会社アルバトロスが提供するサービス。モームリに年間2万件以上蓄積される退職データを活用し、労働者向けの「退職情報開示サービス」、企業向けの講演会やスポットコンサルといった「離職率低下のための6つのサービス」を提供している。大手総合エレクトロニクスメーカー関連会社や大手製鉄会社グループ、私立大学をはじめとする教育機関で講演を実施するなど、企業の離職防止のサポートに努めている。
渡邉 規和(わたなべ・のりかず)
人材サービス業の営業マネジャー(東京・仙台)、BPO事業プロジェクトマネジャー、合弁会社の人事で採用担当、2社のベンチャー勤務を経て、2018年から人と組織に関する調査研究・組織人材開発をしている人材系シンクタンクに勤務。研修講師の専門職として、大手企業の若手からマネジャー層向けのコミュニケーション等の研修を中心に、年間およそ140日登壇。PMP、実務教育学修士(専門職)、青山学院大学大学院社会情報学研究科博士前期課程在学中。

