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師匠が落語家だと知らずに弟子入り!? 林家きく姫が語る“波乱と波乗り”の40年

師匠が落語家だと知らずに弟子入り!? 林家きく姫が語る“波乱と波乗り”の40年

林家きく姫(C)週刊実話
師匠(林家木久蔵・当時)が落語家だとは知らずに門を叩いたという、有名なエピソードがある林家きく姫。異例の入門から間もなく40年になる彼女が今、ハマッているのはサーフィン。座布団をボードに乗り換えて、波に乗ってます!?

大病がきっかけでサーフィンに挑戦

――落語協会にサーフィン部があるとは知りませんでした。
きく姫 私も知らなかったのですが、個人的に始めたのをサーフィン部の古今亭園菊部長が聞きつけて、入部を勧誘されました。

――同様の部活動は他にもあるのでしょうか?
きく姫 ゴルフ部とか野球部、フットサル部といったのもあるようですが、あちらはあくまで趣味の集まり、同好会みたいなものらしいですね。でも、サーフィン部だけはメンバーで落語会もやっているので、アタマに「落語協会」の冠を付けて活動しています。昨年11月には大島と新島で合宿と落語会をしてきましたし、半年に1回は池袋演芸場でサーフィンの写真展と落語会を開催しています。

――メンバーには、どのような方が?
きく姫 部員が4人で私は4人目の入部。部長を古今亭圓菊が務め、副部長は春風亭一左、三遊亭律歌が広報担当をしています。

――きく姫師匠の役職は?
きく姫 ありますよ、新入部員です(笑)。

――そもそも、なぜサーフィンを始めたのでしょう?
きく姫 最初のきっかけはラジオパーソナリティーのジョージ・カックルさんのファンだったんです。サンタクロースみたいな風貌で、日米のハーフだけど日本語がペラペラ。駄洒落もトークも楽しく面白い方だなぁと聴いていました。そのカックルさんが週末にバーでDJをしてると知り、会いに行ったんです。

――行動的ですね。
きく姫 はい。10年前に子宮がんをやってから、怖いものがなくなったというか「今いただいてるのはオマケの人生」と思うようになり、これをしたら恥ずかしいという気持ちがなくなり、とにかく楽しもうと。なので、会いたい人には会いに行こう、好きな人には好きと言おうと。で、そのカックルさんが鎌倉在住のサーファーで、周りにはレジェンド級のサーファーがたくさん。この人脈の中でやらないのはもったいないという気持ちになり、中古のボードを買い、ウェットスーツもそろえました。

――冬だったわけですね。
きく姫 結果的にはそのタイミングもよかったようです。「サーフィンは寒い時期から始めろ」とよく言われるのですが、一式そろえたら辞められなくなるんです。反対に、勢いだけで夏に始めた人は、寒くなると億劫になる人が多いらしいです。

――今はどれくらいのレベルなんでしょう?
きく姫 (波に)乗れたり乗れなかったり…のレベルです。でも、ニーサーフィンといって、正座の状態でするサーフィンは「姿勢がいい、安定感があってうまい」と褒められます。そこは落語家なので(笑)。

――ちなみに、木久扇師匠にはそういうことも報告されるのでしょうか?
きく姫 報告というか、雑談の中でサーフィンを始めた話をしたところ、師匠も経験者だったんです!

――なんでもされる木久扇師匠とはいえ、そんなイメージはないですね。
きく姫 私も驚いたのですが、60年以上も前に、下田で一度だけやったことがあるそうです。「ものすごい大きなボードで、僕がひと波、ふた波越えたら浜辺から拍手喝采だったよ」って。カックルさん曰く、一度でもサーフィンをしたらサーファーと名乗っていいそうなので、木久扇師匠も立派なサーファー。60年後に私がそれを受け継いでいるというのも縁を感じます。

「いやん、ばか~ん」に感動した日

林家きく姫
きく姫はジャズサクソフォンプレーヤーを目指し音楽学校に入学したが1年で中退。将来を悩んでいたときにテレビ番組の『笑点』(日本テレビ系)を見て林家木久蔵師匠に弟子入りを志願した。

――ジャズサクソフォンプレーヤーというのが意外。
きく姫 別に声楽家になりたかったわけではないんです。亡くなった母は語学が堪能で来日アーティストと縁が深く、アート・ブレイキー(ジャズドラマー)とも友達付き合いをしていました。幼い私に「あなたは将来、アート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズに入るのよ」と言い聞かされていて…。母は亡くなったけど遺言のようなものだからと音楽学校へ進みました。

――その頃は愛媛県に住まわれていたのでは?
きく姫 母が沖縄生まれなので、地元で沖縄料理店をやっていたんです。来日アーティストが地方公演をする際、「愛媛に行くことがあったら寄ってみて」と紹介されていたようで、店内には写真もたくさん飾られていました。モハメド・アリに抱っこされた私の写真もあったんですよ。

――それが急転直下の落語家志願。
きく姫 声楽に興味があったわけではなく、中学では吹奏楽部でサックスをしていたのに、受験科目にピアノがあり断念したんです。声楽科なら(ピアノがない)ということで受験したので、そもそも他の生徒とモチベーションが違い過ぎたんですね。ついていけなくて1年で中退し家にいたところ、見かねた父が突然「木久蔵師匠のところに行きなさい」と。父も私も師匠のファンで好きでした。突拍子もない言葉に驚きましたが、「いやん、ばか~ん」の木久蔵師匠を見て「これはジャズの『セントルイス・ブルース』じゃないか? あの曲をこんな風に替え歌にするなんて、すっごい人だ」と感動しちゃったんです。なので、師匠が落語家だとは認識していませんでした(笑)。

――どうやって入門を許されるんですか?
きく姫 師匠の事務所に行って玄関のチャイムを鳴らしたら、ドアの向こうから「いませんよ~、いませんよ~」って師匠の声が(笑)。最初は断られたのですが、師匠がお内儀さんに相談したところ「いいんじゃないの」と軽く仰っていただいたようで、入門が決まりました。慣れない前座修業は大変でしたが、師匠が売れっ子だったので毎日のように東京駅か羽田空港までカバン持ち。そのたびにお駄賃をいただける上に遊ぶ時間はないので、お金の苦労はありませんでしたね。

――ところで昨年、結婚を公表されました。お相手はどんな方なんでしょう?
きく姫 実はカックルさんとコラボしたイベントがご縁なんです。そこに来ていたお客さんで、横田ベースで働いています。彼の母親は私の母と同じ沖縄の方で、カックルさんと彼は同じハイスクール出身。もちろん彼もサーファーです。いろいろな奇遇が重なって…という感じ。一生、結婚するつもりはなかったのに、縁とは不思議なものですね!?

「週刊実話」2月5・12日号より

X:@kikuhime8848

林家きく姫(はやしやきくひめ)1970年5月8日生まれ。愛媛県松山市出身。1991年二ツ目、2001年真打に昇進。落語協会サーフィン部の落語会は4月21日、池袋演芸場(東京都豊島区)にて。
配信元: 週刊実話WEB

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