がん闘病の末、2025年1月に亡くなった経済アナリストの森永卓郎さん。生前の連載では、高市政権になって急激に悪化した今の日中関係を予見するような言葉を2014年に既に記していた。そこからは、当時から自民党の安倍派たちが自分たちに都合のよい歴史観、政治認識を持っていたことがうかがえる。
書籍『森永卓郎の戦争と平和講座』より一部を抜粋・再構成し、紹介する。
この文章は2014年12月10日に書かれたものです。
平和活動家、菅原文太さん
私は経済が専門なので、ここでは経済の問題を書くべきだと思う。特に総選挙でアベノミクスが最大の争点になっているのだから、その評価をきちんとすべきだ。ただ、私は今回、そのことを書きたいのではない。
アベノミクスの評価は単純だ。第一の矢と第二の矢の効果は確実に存在した。景気動向指数を見ると、野田内閣が解散総選挙を宣言した一昨年11月以降、ほぼ一直線で上昇した。円安と株高が進んだだけではないかという批判もあるが、雇用情勢は大きく改善したから、庶民にとってもメリットはあった。
問題は、景気動向指数が今年3月にピークをつけ、その後坂道を転げ落ちるように景気が悪化していることだ。
もちろん、景気悪化のタイミングは消費税率の引き上げだから、犯人は消費税引き上げ以外に考えられない。消費税引き上げにともなう大きな物価上昇が実質所得を減らし、消費を減退させたのだ。
だから、アベノミクスが失敗したのではなく、消費税の引き上げが失敗だったのだ。
ただ、消費税については、少なくとも2017年3月までは再引き上げをしないということで、意見の対立はない。つまり、そこで争っても、ほとんど意味がないのだ。
本当に議論を進めなければならないのは、「戦後レジームの転換」についてだ。
俳優の菅原文太さんが亡くなった。私たちの世代にとっては、『仁義なき戦い』や『トラック野郎』などに主演した映画スターだが、菅原さんは、もう一つ、平和活動家としての顔も持っていた。
特に東日本大震災をきっかけとして、映画俳優を引退してからは、積極的に活動していた。沖縄県知事選挙のときにも、辺野古移設反対を掲げて、翁長雄志候補の応援に立った。
そのときに菅原さんは、こんなことを言っていた。「政府の役割は二つあると考えています。一つは、国民を飢えさせないこと。そして、一番大切なことは、戦争をしないことです」。
菅原文太さんは、当たり前のことを言っていただけだが、実はこれが当たり前でなくなってきているのが、いまの日本だ。
一番の問題は、戦後70年近く経つと、人々の記憶から戦争の悲惨さが消えていくことだ。菅原さんは昭和8年生まれだから、直接戦争を経験している。しかし、そうした人たちが、いま日本から次々に姿を消していっているのだ。そうなると、社会全体としても、戦争への危機感が薄らいでいく。危機感が薄らげば、威勢のよいことを言う人が、支持を広げていくのだ。
チューリップバブルはなぜ起きたか
経済の世界でも同じことが起きている。この200年間で、世界では70回以上のバブルが発生している。バブルは必ず崩壊し、その後に残されるのは荒廃した経済だ。
2008年9月に発生したリーマン・ショックも、いまから振り返れば、アメリカの投資銀行が中心となって作り出した巨大な金融バブルの崩壊だった。それから数年間、世界経済は立ち上がれなかった。
世界で最初のバブルと呼ばれているのが、1630年代にオランダで起きたチューリップの球根バブルだった。球根への投機が始まり、やがてその値段は現代の価値で数千万円に達した。人々は利益を求めて、銀行から借金して球根に投資し続けた。
そしてバブルが崩壊し、人々のもとには価値を失った球根と莫大な借金が残った。オランダに破産者が溢れたのだ。それでも、人々は反省しない。100年後、オランダではヒヤシンス・バブルが発生する。世代が入れ替わって、記憶が薄れてしまったからだ。
球根にとんでもない値段がついていれば、普通はおかしいと思うはずなのだが、そうはならない。バブル研究に生涯を投じたガルブレイスは、その理由を、人々がユーフォリア(陶酔的熱狂)に陥るからだと分析している。
一度、ユーフォリアに陥ると、人間は、なかなか他人の声に耳を貸さなくなる。「いまはバブルですよ」という警告が、耳に届かないのだ。だから、どんどん極端なところに走ってしまう。
それでは、ユーフォリアに陥らないためには、何をすればよいのか。ガルブレイスは、バブルが発生する前提条件の一つに、「情報の遮断」を挙げている。普通の人が見て、普通におかしいことはおかしいのだと伝えることができれば、バブルの発生は防げるのだ。
不戦の誓いも同じだ。冷静に考えたら、戦争をしてはならないという主張に反対する人は誰もいないだろう。右派の人、主戦論を唱える人も、一様に平和の大切さを口にする。
ただ、平和の守り方に意見の違いがあり、明らかに誤った議論もなされている。だから、どのようにすれば平和を守ることができるのかを、常に考え、話し合い続けることが、平和への王道なのだ。
そこで、日本の平和を守るために、いまどうしたらよいのかを冷静に考えてみよう。太平洋戦争の後の日本は、他国に侵略されることも、他国を侵略することもなく、平和が続いた。
平和憲法のおかげで他国を侵略することは許されなかったし、日米安全保障条約のおかげかは断言できないが、日本を侵略する国はなかった。平和憲法+日米安全保障条約という戦後のシステムは、結果的には、有効に機能してきたと言えるだろう。
ところが、最近になって「戦後レジームの転換」を主張する人たちが増えてきた。戦後の安全保障の枠組みを変えようというのだ。もし彼らが「もう戦後70年も経つのだから、米軍に守ってもらうようなことは止めて、自分たちの軍隊を持って日本を守ろう」と主張するなら、それは一つの見識だ。
もちろん私はそうした考えに賛成しないが、筋道は通っている。

