宿る思い

「より多くの人に、スピードと競技の魅力を感じてもらいたいんです。自分の最速スピードで山を上から下まで駆けおりるという挑戦や、ポールを滑る体験を通じて、スピードや競技の魅力に触れてもらって、ぜひ興味を持ってもらいたい」
と、森さん。
「野沢温泉は日本のアルペンスキー文化の拠点で、滑りを追求できる本格的な山です。もっと野沢に来てもらって、これまでとはまた違ったスキーの魅力を楽しんでほしいし、野沢出身のスキー選手たちを応援してもらいたい。そんな思いでやっています。
もうちょっと大袈裟いえば、はと車カップのような取り組みが、スキーを楽しむ層の拡大やスキーの盛り上がりに少しでもつながってほしい、そういった願いもあります」
だからここまで長く続いてきたのだろうか。
「一つには、大会の運営が比較的しやすくて、1~2日で準備できる規模だから、という物理的ことがあります。そしてレース競技は、昔からアルペンスキーの伝統と実績を誇る野沢温泉のお家芸。僕らの得意なことですから。安全面にはこだわっていて、大回転については公式の競技ルールに基づいた安全確保を徹底しています。ディア・ヴァイセ・ラウシュは、正式な競技ルールがないんで、過去の失敗を教訓に毎年安全対策を強化しています。実は以前、小さな子どもが山で迷子になってしまったことがあったんです。それ以来、参加要件を小学生以上としていますが…。

でも何より、ずっと続いてきたのは野沢温泉の文化の力もあると思っています。ここは山と村が近くて、外湯もたくさんあって、村全体がスキー場と地続きの生活なんですよね。ここでは、訪れる人たちは「お客さん」であると同時に、一緒に雪を楽しむ仲間みたいな存在といえばいいかな。だから、はと車カップは、お客さんと一緒に村の人間も楽しんで、交流することも大きな目的になっているんです。
実際に、村の宿や店で働いているアルバイトさんや村の人間も出ていますしね。野沢出身のトップ選手がガチで出場している年もありますよ!(笑)レースの前走として手伝ってくれたり。最近では、いまワールドカップで活躍している聖吾(加藤)が前走をやってくれてましたね」

野沢温泉では、村の人にとってお客さんは知り合いみたいな存在、というのは、外湯に行くと肌で感じられることがある。初めて野沢の温泉に浸かろうというお客さんがあまりのお湯の熱さに戸惑っていると、村の人が声をかけてくれるのだ。「少しうめらし(水でうめていいよ)」「ちょっとずつ浸かるんだよ」「こっちのほうがぬるいから」等など。湯仲間の如く親切にお世話を焼いてくれる。こんな光景はとても野沢温泉らしい文化であって、雪山にも通じるところがある。
つまり、はと車カップは、集客のためだけに仕立てられたイベントではなく、野沢温泉の文化から自然に生まれた、村民とお客さんが交わる場でもあるのだ。
「はと車カップの後は、外湯巡りもできるし、温泉街も風情があるでしょう?スキーと温泉がここまで溶け合っているところ、そうはないと思うんです」
森さんの言葉には、野沢温泉の誇りと村民の温かさがあふれていた。
レースに出ると野沢が違って見える

ディア・ヴァイセ・ラウシュのスタートは、長坂ゴンドラ山頂から。林間コースを抜け、麓を目指す8㎞の一気ロングラン。いつもは何気なく滑っているコースが、レースになることで別の景色に見えてくる。スピード、感じる風、森の地形、雪質、膝が笑ったり、太ももがパンパンになったり……。自分の限界に挑戦しながら野沢温泉スキー場を身体で感じる時間は、きっとこころに残るだろう。
実際に参加したというお客さんに聞いてみた。
アルペン競技の現役時代から縁のあった野沢温泉。はと車カップは昔から知っていて、現役を引退したらいつかは出場してみたいと思っていました。2023年度に出場のチャンスがあり、歴史あるこのレースに挑むワクワク感がたまりませんでした。スタート合図から先頭争奪戦のランに始まり、参加者以外誰もいないスキー場のコースを爆走できる贅沢感と、前をゆく参加者たちをごぼう抜きしていく爽快感が私のアスリート魂に火をつけました。
圧巻のコース長に足がヨレヨレ体力の限界に挑む己との戦いでもあり、ゴールまで辿り着いた時には疲れ切ったはずなのに自然と笑顔が溢れる過去に経験のない達成感を味わいました。また、ゴールした者同士の讃え合いはこのレースならではでないでしょうか。伝統あるこのレースはずっと続いてほしいですし、またいつか挑戦したいと思っています。
―星 瑞枝さん(40歳・新潟県)
2006年トリノオリンピック日本代表アルペンレーサー
私は野沢温泉に友達が多く、そのことがきっかけでエントリーしました。はと車カップは一般のお客様だけではなく、地元野沢温泉の人もたくさんエントリーしていて、すごくアットホームで素敵な大会です。
そして、なんといっても特にディア・ヴァイセ・ラウシュはヨーロッパでは盛んなようですが、日本ではおそらく野沢温泉だけのone and onlyの大会だと思います。そして距離も日本最長!技術やタイムだけではなく、長年エントリーすることで感じられる素晴らしい体験が、このレースにはあると思います。
―山上貴弘さん(64歳・大阪府)
2023年大会から3大会連続出場|2025年大会ディア・ヴァイセ・ラウシュ60代の部 優勝
