アクア、きっときみは、どこかで間違えたんだろう
アクアのカミキを巻き込んだ偽装自殺が、純粋なロジックの上で、これ以上なく考え抜かれた策略であることはたしかである。
おそらく、アクアはカミキを消し去るにあたって、少しのリスクも犯したくなかったのだ。
完全犯罪でもって、かれを葬り去ることは可能ではあるだろう。しかし、もしそれが発覚した場合、ルビーのアイドルとしてのあり方に消せない汚点を残すこととなる。その危険性を冒すことはできなかったに違いない。
だが、それでも、アクアの行動には不審も残る。その凄惨な自己犠牲は最愛の妹への無償の愛から出たものであることは疑いようがない。だが、かれはあまりに自分の存在の価値を軽く見積もってはいなかっただろうか。
アクアは、たしかにルビーをカミキから守り抜いた。少なくともその肉体は。しかし、はたしてルビーの心まで守ったといえるか。
アクアにとって、ルビーがいのちに代えても守りたい少女であるのと同様、ルビーにとってのアクアも、だれよりも強く、強く愛する存在であった。
そのアクアがいなくなってしまったとき、ルビーの精神はガラスのように砕けたに違いない。だれもが二度と立ち上がることはできないだろうと確信するほどに。
そう、だが、それでもルビーはアイドルとして再起した。それは事実だ。その姿もまた、彼女がアクアへ奉げた想いがこもった、ひとつの至高の嘘ではあるのだろう。
こうしてアクアの愛とルビーの嘘、そしてまたアクアの嘘とルビーの愛でもって、物語は完全に終結する。ある意味では、たしかに残酷で美しい結末である。
だが、しかし――やはりもうひとつ納得がいかないところが残るのである。
すべての理屈をかなぐり捨てて言う。アクアにはルビーといっしょにしあわせになってほしかった。何より、かたわらのアクアなしにルビーが本心から笑顔になれるはずがないではないか。
アクア、やっぱりきみは、どこかでどうしようもなく間違えたんじゃないか。
もちろん「それでもアクアの選択こそが唯一の正解だ」という意見もあるだろう。
かれが生き延びれば、ルビーは永遠にカミキの影に怯えつづけることになるかもしれないのだから、そう考える人がいても不思議ではない。
「あなたの言葉を聞かせてください」
そして、いま。そのような原作の展開を踏まえて、アニメ版『【推しの子】』第3期、またおそらくは、さらにそこから続くであろう第4期が、その結末をどう演出するのかが、大きな問いとして立ち上がっている。
もし原作に忠実に描くなら、この『【推しの子】』という物語は、ひとつの「愛と嘘を巡る寓話」として、非の打ち所がない完成度を誇るかもしれない。少なくとも、論理と構造の上では。
ただ、その一方で、原作を知る視聴者は、アクアの、あえていう、あまりに身勝手な自己犠牲を、より生々しく、より逃げ場がない形でふたたび突きつけられることになる。
はたして、アニメはその道を選ぶだろうか。それとも、何らかのアニメ独自の「もうひとつのルート」に踏み込んでゆくのだろうか。
ひとりの原作愛読者として、ぼくはいま、相半ばする不安と期待を抱えたまま、物語を追っている。
もしアニメがここでオリジナルな展開に踏み込むとしたら、それは筋を変え、起こったことを起こらなかったことにするためではないだろう。
むしろ、アクアがおそらくは考えに考え抜いて選び出したのであろうあの血塗られた選択肢が、ほんとうにほんとうの正しいアンサーであったのかどうか、もういちど問い直す、そのためであるはずだ。
アニメスタッフにはその問いに答える意思があるのか、それとも原作の筋書きをそのままになぞって同じところにたどり着くのか。
いま、アニメ『【推しの子】』は、原作とアニメのファンたちの期待と不安がこもったまなざしの檻のただ中で、まさにその岐路に立っている。
アクアが選んだ選択は、じつはマンガやアニメのなかだけの話ではないだろう。仕事、家庭、恋愛、病気、介護――「自分さえいなくなれば丸く収まる」と考えたことが、一度もない人がどれほどいるだろうか。
わたしたちはしばしば自己犠牲の美に誘惑される。だがそれは万能の答えではなく、ときに「生き残った側」に一生消えない孤独と罪悪感を押しつけることすらある。
もしあなたが「生き残った側」だったら、愛する人の自己犠牲を感謝しながら生きつづけることがほんとうにできるだろうか。
甘いかもしれない。けれど、これがぼくの本心だ。だから、どうか、どこでもかまわない、あなたの声も聞かせてほしい。
もしあなたがルビーの立場だったら、アクアが選んだ行動を赦しますか?
そして、もしあなたがアクアの立場に置かれたなら、かれと同じように愛する人のため自分が消え去ることで解決する「たったひとつの冴えたやりかた」を選ぶでしょうか?
アクアの選択は「正しかった」、いや、「間違えていた」、ぜひ、あなたの答えを教えてください。

