
肥満や脂肪肝、2型糖尿病といった代謝疾患は世界的に増え続けています。
しかし、実は「脂肪細胞そのものがどのように作られるのか」については、まだ十分に理解されていません。
こうした中、韓国科学技術院(KAIST)の研究チームは、脂肪細胞の生成をコントロールする役割をもつ「スイッチ」の正体を突き止めました。
この研究は、脂肪細胞への分化において、エピジェネティックな制御(DNAの配列そのものを変えずに、遺伝子の働き方を調整する仕組み)が関わっていることを示したものです。
この成果は、2026年1月14日付で学術誌『Science Advances』に掲載されました。
目次
- 脂肪細胞の「スイッチ」を発見。生成を抑えることに成功
- マウスの脂肪細胞を制御。人間への応用に期待
脂肪細胞の「スイッチ」を発見。生成を抑えることに成功
脂肪細胞が作られる過程で中心的な役割を担っているのが、PPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)というタンパク質です。
PPARγは活性化すると脂肪を蓄えるための遺伝子群を次々と働かせ、細胞を脂肪細胞へと導きます。
一度このプログラムが本格的に動き出すと、その細胞は脂肪細胞としての性質を保ち続けることになります。
しかし、遺伝子はそれ単体で勝手に働くわけではありません。
重要な役割を果たしているのが、エンハンサーと呼ばれるDNAの調節領域です。
エンハンサーは遺伝子そのものではありませんが、その遺伝子をどれくらい強く働かせるかを決める「スイッチ」のような役割を担っています。
脂肪細胞が作られる際には、PPARγがこうしたスイッチを次々に入れることで、脂肪細胞としての遺伝子プログラム全体が動き始めます。
そして今回の研究で注目されたのが、YAPとTAZというタンパク質です。
これらは細胞制御システムの一部で、細胞が増えるか、分化するかといった運命を調整する役割を持っています。
研究チームは、マウス由来の細胞やマウス個体を用いた解析から、YAPとTAZが活性化すると、脂肪細胞分化に必要なスイッチの働きが弱められることを突き止めました。
その結果、PPARγやその仲間の遺伝子の働きがまとめて弱まります。
そして脂肪細胞形成に必要な遺伝子群が十分に動かなくなり、脂肪細胞への分化が進みにくくなることが示されました。
では、そのメカニズムや影響を詳しく見ていきましょう。
マウスの脂肪細胞を制御。人間への応用に期待
研究チームはさらに、YAPとTAZの下流で働くVGLL3という因子を特定しました。
単一細胞レベルで脂肪組織を詳しく解析した結果、YAPとTAZが活性化するとVGLL3の発現が大きく増えることが分かりました。
VGLL3は、脂肪細胞関連遺伝子のスイッチ部分に集まり、スイッチが入りにくい状態を作り出します。
DNAのまわりを巻いているタンパク質につく「印」が変わることでスイッチが切られたままになり、脂肪細胞分化に必要な遺伝子群が静かな状態に保たれるのです。
これはDNAの配列を書き換えるものではなく、エピジェネティックな仕組みによって遺伝子の働き方を調整する制御です。
この制御は、脂肪細胞になる途中の細胞だけに限られません。
マウスでは、YAPとTAZが強く働くと、すでに成熟した脂肪細胞でも脂肪細胞らしい特徴が弱まり、前駆細胞に近い状態へと変化する様子が確認されました。
脂肪細胞は一度できると基本的には固定される存在だと考えられてきましたが、その性質はエピジェネティックな制御によって変化し得ることが示されたのです。
研究チームは、この一連の仕組みをYAP/TAZ–VGLL3–PPARγ軸として整理し、「脂肪細胞がいつ、どの程度作られるのかを決める基本原理」だと位置づけています。
ただし重要なのは、ここで示された確かな証拠が、現時点ではマウス由来の細胞とマウス個体で得られた結果だという点です。
人間の脂肪組織でも同じように働くか、また安全に制御できるかは、これから慎重に検証していく必要があります。
それでも希望が持てるのは、この研究が「脂肪が増える・増えない」を単なる体重の問題ではなく、脂肪細胞の数や性質を決めるスイッチの仕組みとして具体的に示したからです。
もし将来、人の体内でも同様の制御原理が確認され、脂肪組織に対して狙いを絞った介入方法が確立できれば、それは様々な肥満問題を解決にすることに繋がります。
肥満や脂肪肝、インスリン抵抗性などの代謝疾患を、より精密に理解し、個々の状態に合わせて対策を考える手がかりになるかもしれないのです。
参考文献
Scientists Identify an Epigenetic Switch That Can Slow Production of Fat Cells
https://www.sciencealert.com/scientists-identify-an-epigenetic-switch-that-can-slow-production-of-fat-cells
Discovery of a Switch to Halt Adipocyte Generation
https://news.kaist.ac.kr/newsen/html/news/?mode=V&mng_no=57690
元論文
YAP/TAZ-VGLL3 governs adipocyte fate via epigenetic reprogramming of PPARγ and its target enhancers
https://doi.org/10.1126/sciadv.aea7235
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

