コビー・ブライアントは、20年間のNBAキャリアをロサンゼルス・レイカーズ一筋で過ごし、優勝5回、MVP1回、ファイナルMVPを2回、オールスターMVPを4回受賞。さらに、2006年の試合で歴代2位の81得点、2016年の引退試合では60得点など、残した伝説は数知れず。ヘリコプター墜落事故で命を落とした2020年には数々の功績が認められ、殿堂入りを果たしている。
そして「常に最高の自分になろうと努力を続ける」マインドは、愛称の“ブラックマンバ”から“マンバ・メンタリティ”と呼ばれ、多くの現役選手に今なお受け継がれている。
ただ近年、ファンや評論家の間では、コビーの功績そのものに疑問を投げかける声も聞かれるようになった。そうした批判はショットセレクションの悪さや、決して高くはなかったフィールドゴール成功率(キャリア通算44.7%)を持ち出してのものだ。
そんななか、ボストン・セルティックスのジェイソン・テイタムは、これらの声に強い不快感を示している。27歳の万能スコアラーは、ポッドキャスト番組『The Pivot Podcast』出演時にこの話題に言及。コビーが存命だった頃は、誰も欠点を指摘しなかったと語った。
「正直言って、卑怯だと思う。彼が生きていた時、誰もこんな言い方はしなかったからね。コビーがいなくなった途端、効率が悪かったとか、ロングツーを打ちすぎたとか、そういう話を持ち出すようになった」
次にテイタムは、アレン・アイバーソンを引き合いに話を展開。コビーと同じ1996年にNBA入りしたアイバーソンは、キャリア平均21.8本のシュートを放ち、フィールドゴール成功率は42.5%だったが、得点王に4度輝いた。“ジ・アンサー”は誰が相手でも一歩も引かない不屈のファイターとして、今なお語り継がれている。
「僕はAI(アイバーソン)の大ファンだ。大好きな選手の1人だ。MVPを取った年なんて、1試合29本も(シュートを)放っていた。毎回のように打ってたよ。でも僕たちは、彼の競争心やタフさ、6フィート1インチの身体で世界一の闘争心を持った選手だったことを称えてきた」
テイタムはコビーがキャリアの全盛期だった頃、“神様”マイケル・ジョーダンに最も近い存在だったことを改めて強調した。
「彼と対戦した選手に聞けば、みんな『リーグ最高の選手だった』って言う。『守るのが一番怖い存在だった』ともね。そして彼は、史上最も影響力のあるバスケットボール選手の3人のうちの1人だ。他競技の人たちからも、愛され、敬われ、尊敬されていた。それなのに、彼がいなくなった今、歴史を消そうとしている」
幼少期からコビーファンだったテイタムは、そのレガシーが傷つけられるたびに胸が痛むと吐露。レイカーズの英雄は、彼にとって夢を追わせた存在だった。
「僕は正直、個人的に受け取ってしまう。セントルイス育ちで、LAから3000マイルも離れていたけど、朝5時半に起きて夢を追いかける理由をくれたのがコビーだったんだ。彼のインタビューを全部見た。立ち振る舞い、プレー、逆境への向き合い方、勝利の扱い方。すべてが僕のインスピレーションで、アイドルだった。3000マイル離れた場所にいた僕を、ここまで導いてくれたんだ」
アキレス腱断裂からの復帰を目指すテイタムにとって、コビーの教えと記憶は常に心の支えであり続ける。今後も名門のエースは、“ブラックマンバ”が遺したレガシーを守り、語り継いでいくだろう。
構成●ダンクシュート編集部
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