リンダとブラッドリーの高度な心理戦
本作の真の面白さは、いじめられていた部下(リンダ)が嫌な上司(ブラッドリー)をやり込めて終わるような、単純な「倍返し」の物語ではないところにある。脚本は観客の心を意図的に揺さぶり続け、「どっちの味方につけばいいのかわからなくなる」ような、高度な心理戦を展開する。
サム・ライミは、無人島に流れ着いたリンダの変化を「変貌ではなく露見である」と定義した。彼女は島で変わったのではない。肥沃な土壌を持てなかった“蘭”が、過酷な熱帯の環境でついに開花し、その本性を露わにしたのだ。オフィスでは社会的な仮面の下に隠されていた狂気が、生存本能と共に暴れ出す。彼女はもはや守られるべきヒロインではなく、ブラッドリーにとっての脅威であり、獰猛な捕食者なのである。
対するブラッドリーも、単なる憎まれ役では終わらない。彼は自身の社会的地位が通用しない島で、プライドをかなぐり捨てて生き延びようとするマン・ベイビー(大人になりきれない男)だ。最初はリンダを利用しようとし、次に支配しようとし、最終的には彼女との奇妙な共犯関係に陥っていく。ディラン・オブライエンが「チェスの試合」に例えたように、二人は互いに手を読み合い、攻守を入れ替え続ける。
殺し合い寸前でありながら、そこには妙にハイテンションな連帯感が流れている。リンダを応援すべきか、哀れなブラッドリーに同情すべきか。ライミ監督が仕掛けた「感情移入の乗り換え」のプロセスに、我々観客は最後まで翻弄されっぱなしだ。
サム・ライミは、「観客の恐怖と笑いは、集団でいることで倍増する」と語る。この映画は、まさに映画館という暗闇の中で、見知らぬ他人と共に息を呑み、笑い合うために作られた作品だ。溺れた上司にゲロを吐きかけながら蘇生させる部下、イノシシの鼻水にまみれるヒロイン、そして常に暴れまわるカメラワーク。これらはすべて、洗練されたコンテンツばかりが並ぶ現代において、我々が忘れかけていたプリミティブな映画体験を思い出させてくれる。
往年のファンを喜ばせる「ライミ印」も健在だ。音楽は、『ダークマン』時代からの盟友ダニー・エルフマンが担当。ライミの学生時代の愛車であり、ほぼ全ての監督作に登場する「1973年型オールズモビル・デルタ88」も、しっかりとスクリーンに姿を現す。頭のてっぺんから足の爪先まで、100%サム・ライミ印。結論『HELP/復讐島』は、間違いなく劇場で体験すべき、極上のジェットコースターである。
文 / 竹島ルイ
作品情報
映画『HELP/復讐島』
舞台は無人島。会社員のリンダは、日々パワハラを繰り返す上司ブラッドリーの下で鬱屈とした日々を送っていた。ある日、出張のために乗り込んだ飛行機が墜落し、目を覚ますと、そこは見渡す限りの孤島。生き残ったのは、よりによって大嫌いな上司と自分の2人だけだった‥‥。
監督・製作:サム・ライミ
出演:レイチェル・マクアダムス、ディラン・オブライエン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.
2026年1月30日(金) 劇場公開
公式サイト fukushu-jima
