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【MotoGP】「最後は泣いちゃってブレーキングポイントも見づらかった」マルク・マルケス、6年ぶりMotoGP頂点に感極まり涙。キャリア最大の挑戦が終わる

【MotoGP】「最後は泣いちゃってブレーキングポイントも見づらかった」マルク・マルケス、6年ぶりMotoGP頂点に感極まり涙。キャリア最大の挑戦が終わる

MotoGP第17戦日本GPで、ドゥカティのマルク・マルケスがMotoGPクラスで6年ぶり7度目のタイトル獲得を決めた。彼は苦しんだ時期が続いたこともあり、タイトルが決まった瞬間に涙が抑えきれなかったという。

 マルケスは2020年にスペインGPでクラッシュすると、右腕を骨折する怪我を負った。当時、彼は手術してすぐに次のレースで復帰したが、怪我が悪化。4回手術が必要となりキャリアの貴重な時期を棒に振った。

 さらにホンダの競争力低下も合わさり、マルケスはかつてのような圧倒的な強さを発揮できずどん底を味わってきた。それが、もし力を発揮できないようならMotoGP引退も覚悟の上でのドゥカティ陣営移籍を決断するに繋がった。

 そして2025年シーズン、マルケスは圧倒的な強さを取り戻し、5戦を残してタイトルを獲得。2184日ぶりにMotoGPの頂点に輝いたマルケスが、7度目の王座にもかかわらず、感情の波に飲み込まれ、泣き叫んだことも無理は無いだろう。

「(王座獲得後のセレブレーションで印象的に使われた言葉の)『more than a number/数字以上のモノ』については知らなかったけど、確かに僕にとってはまさにそういうものだ。単なるタイトル以上のモノがある」

 マルケスはそう語る。

「タイトルを獲得する前にも話したけど、僕のキャリアの中で、最も大変な挑戦だったんだ」

「頂点を極めていて、毎週末成功を収めてチャンピオンシップを制しているときに転落してしまえば、その衝撃は遥かに大きなモノになるんだ。地べたどころか地下に潜ることになる」

「だから、そこからひとりで抜け出すのは不可能だった。周囲のたくさんの、たくさんの人達に助けてもらったよ。僕が自分の道を進むチャンスを多くの人が与えてくれたし、『自分の直感に従え』とも言ってくれた。本当に大きな助けになったんだ」

 マルケスはMotoGPクラスに昇格してから苦労がなかったわけではない。2015年のバレンティーノ・ロッシとのいざこざや、関係の破綻は確実に彼にとって消えない傷を残している。しかし、2020年の怪我とその後の苦境ほどのモノはなかった。

「6年前は、苦しむというのが何なのか僕は分かっていなかったんだ」

「2010年からキャリアを通じて栄光を味わってきた。怪我をすることもあったけど、3ヵ月とか4ヵ月で治して、また勝つことができていた」

「腕に4回も手術を受けて4年間も苦しむのはキツかった。しかも途中で別の骨も骨折し、複視にも2度も悩まされた。本当に辛かったよ」

「でも、僕らは人間だからね。僕だって君たちと同じだ。みんな何かの才能を持っている。僕にも才能はあって、他のひとにもまた別の才能がある。人間として、とにかくベストを尽くそうとしているんだ」

 そう語るマルケスは、ラストラップから既に感極まってヘルメットの中で泣いてしまっていたという。

「コントロールしようとしてはいたんだ。感情的になることは予想していたしね」

「最終セクターではもう泣いてしまっていたけど、ペッコの(バイクが吐き出している)スモークには『もうパーティやってるのか』とも思ったけどね(笑)」

「それは冗談として、レース前からもう息苦しかったよ。泣き出してしまうと、本当に息苦しい。上手く呼吸ができなかった。感情をコントロールできなかったんだ。ラストラップでもヘルメットの中では泣いていて、ブレーキングポイントだって見づらかった」

「これまでなら、僕は世界選手権を制しても泣いたことはなかった。今は、自分の経験してきたことは思い出したくないね。そうすると嫌な気持ちになるから。人間のいいところのひとつは、嫌な瞬間を忘れられないところだから、忘れるのも難しいんだ。今でも時々嫌な気持ちになるときがあるんだ」

「だけど夢は叶った。僕のキャリアで最も困難な挑戦が、終わったんだ」

 そして、ホンダで長年のキャリアを重ね何度もMotoGPクラスのタイトルを決めてきた日本GPで、再びタイトルを獲得するというのはまさにマルケスに相応しい締めくくりだったと言えるだろう。

 表彰台にはチームメイトのフランチェスコ・バニャイヤ、ドゥカティを率いるジジ・ダッリーニャ、そして古巣ホンダ時代にチームメイトでもあったジョアン・ミルという面々で登壇し、共に祝福していた。

「僕が前回世界選手権を制した日本(※正確には5度目タイトルの2018年)で僕達は最後の一画を書き入れることができた。(ホンダと)別の道を進むことを決意したのも、ここ日本だった。そして表彰台には、ドゥカティのみんなと、そしてホンダでの僕のチームのみんながそろっていた。タイトル獲得には最高の形だったよ」

 怪我からの復活を果たしたマルク・マルケスに対しては、さながらハリウッド映画のようであり、モータースポーツというジャンルを越えて、マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズのような他スポーツのレジェンドとも並べて語られるようになってる。

 マルケス本人はこうした語られ方については「自分から何かを言うことはない」としつつも、そうしたビッグネームと同列に語られることは光栄だと受け止めている。

「僕は何かを達成したと自分で言うようなやつじゃない。でも、自分が何を成し遂げたのかはちゃんと理解している」

「僕はただ全力を出し切って、自分で決断して、それを達成するためにあらゆることをしてきた。でも、最も重要だったのは、僕がこの道を選んだ時、目標は山の頂きではなく、バイクに乗るという情熱を再び楽しんで、キャリアを続ける事にあったところなんだ。それが決定的なポイントだった」

「でも確かに、MotoGPだけではなく、そういったスポーツのビッグネームに僕の名前を連ねてくれていることは嬉しいし、光栄だ。でも僕はただのマルクだ。自分の道を歩み続けるつもりだ」

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