中国人民解放軍のトップで、異常な事態が起きている。制服組トップの張又侠氏(中央軍事委員会副主席)と軍幹部の劉振立氏(統合参謀部長)が次々と失脚したのだ。数百万の兵力を統括する中央軍事委員会に残ったのは、習近平主席と副主席一人だけ。軍を指揮する司令塔が事実上、消滅してしまった。
中国当局が発表した失脚の理由は「規律と法律の重大な違反」。いつもの汚職を示す決まり文句だ。しかし張氏の経歴を見れば、これが単なる汚職事件でないことがわかる。彼は習主席の父親と革命を戦った同志の息子で、実戦経験を持つ貴重な軍人だ。長年の盟友さえ容赦なく切り捨てる。この事実が、軍内部に深い疑心暗鬼を生んでいる。
海外の軍事専門家は、解放軍内部に「深刻な指揮系統の空白」ができているとみる。普通なら表に出ないような噂が、北京から次々と漏れてくる。厳しい情報統制が敷かれる中国で、これほど様々な憶測が飛び交うのは、権力中枢が揺らいでいる証拠だろう。
今回の粛清は、歴史上の悪夢を思い起こさせる。1930年代、ソビエト連邦の最高指導者スターリンが軍幹部を大量に粛清した結果、独ソ戦の初期で壊滅的な敗北を喫した。専門性より政治的な忠誠を優先する組織は、最新鋭の武器を持っていても機能しない。解放軍は今、まさにその道を歩んでいるのだ。
恐怖で縛られた組織では、将校は思い切った提言を避け、保身に走るようになる。全ての決定が習主席個人の意向に集中し、合理的な判断ができなくなる。皮肉なことに、習主席が望んだ絶対的支配が、かえって軍の統制力を弱めているのだ。
台湾問題について、専門家の見方は二つに分かれる。「粛清で軍が萎縮し、台湾侵攻は遠のく」という楽観論。そして「習主席を止められる実力者が消え、むしろ暴走する危険性が高まる」という悲観論だ。
台湾の政治系YouTuber「八炯」氏の警告は重い。
「党内で台湾侵攻を止められる実権派が消えた。内部にブレーキがなくなった今、情勢はより危うい」
中国軍の演習やパトロールは続いており、表面的な動きは活発なままだ。
奇しくもこの1月、核戦争などによる人類滅亡までの時間を示す指標「世界終末時計」が、過去最短の「残り85秒」となった。核の脅威や気候変動に加え、「国際的な相互理解の崩壊」がその理由とされている。中国の軍事的な不透明さと独裁体制の強化は、まさにこの危機を象徴しているといえまいか。
孤立した独裁者が巨大な軍事力を握り、内部に反対意見を許さない。これは思い違いや衝動的な判断で紛争が起きるリスクを大きく高める。台湾海峡の緊張はもはや、地域だけの問題ではない。人類の終末時計を進める要因そのものなのだ。
習近平体制が盤石であることが、逆説的に世界を不安定にしている。専門家たちが関心を注ぐのは、次に誰が粛清されるかではない。制御できなくなった権力が、いったいどこへ向かい、何をしでかすのか。その一点だ。
(ケン高田)

