
2008年に47歳で単身渡米し、ニューヨークの音大にジャズ留学。以来、NYを拠点にジャズピアニストとして活躍する大江千里が、山あり谷ありのNY暮らしを伝える人気エッセイの最新作「ブルックリンの子守唄 耳をすませば命の音が聴こえる。」を上梓。スリリングなジャズライブの裏側や、森山良子と組んだ「日本語ジャズ」のアルバム制作秘話、年齢を重ねて変化する心と体との向き合い方や、最愛の相棒・ダックスフントのぴーすとの最後の日々がつづられている。出会いと別れを繰り返した濃密な5年間の日々が自身にもたらしたものとは? ニューイヤーコンサートツアーで来日した大江千里に話を聞いた。
■「規則正しい生活とワカメで肌がツルツルに」 80代までピアノを弾くため、お酒をやめて挑んだ肉体改造
――ニューヨーク生活の悲喜こもごもをつづるエッセイも4作目となりました。亡き愛犬ぴーすとの思い出が詰まった本作は、60歳からの5年間に「note」などに連載した333本のエッセイがもとになっているそうですね。
大江:書いて書いて書きまくってきた文章を7分の1の分量に凝縮し、締めの文章も最後の最後まで練って、こだわり抜いて作りました。今回は特に、最後まで編集者と力を合わせ、三人四脚じゃないけど一緒に足を縛って走って作った〝可愛い我が子〟という感じ。
ビーチで撮影したぴーすとのツーショットを描いた表紙のデザインを、note読者の皆の意見も参考に作らせてもらったのも本当にありがたかったです。地球の反対側に住んでいても心がnoteで繋がって、そうやって皆が参加してくれたことで、読んでいるみんなと書いてる僕の距離がより縮まって、す~ごくあったかい本になったと思います。
――この5年の間には、お酒をやめ、食事を変え、生活習慣を大きく見直したことが書かれています。
大江:年齢を重ねると肌質も変われば、筋肉も落ちてきます。この先、体が衰えていったときに、80代になってもピアノが弾ける自分でいるために、今生活習慣を変えていくことができないかと思ったんですよね。一時期は太らないために肉を断ってたこともあったけど、ちゃんとした体を作るにはプロテインがキーワードなので、卵とチキンの胸肉でとるようにしたり。運動と規則正しい生活をして、ワカメをたくさん食べていたら、肌もツルツル、テカテカになりました。
――今はお酒も、あまり飲みたいとは思わないですか?
大江:思うときありますよ。酒屋の面構えを見て、ここの店主と話してみたいとか、とびきりうれしいことがあった日には泡を飲みたいとか。でも、飛行機に乗ってドリンクのサービスを受けるとき、「シャンパンプリーズ」と思わず言ってシャンパンが来て、口元まで近づけた瞬間、「あ、いけない、いけない。コレ私に必要ないもんですよ」って思う。
そこで飲んだら、せっかくお酒をやめていることの気持ちよさや、学びの喜びが一瞬のうちに泡になってしまうから……シャンパンだけに(笑)。
■「信じてた座標軸が全部崩れてゼロになった」 コロナ禍で変わった真理と、森山良子との“日本語ジャズ”

――(笑)。NYでコロナ禍を過ごし、創作や音楽に向かう心境も変わってきたところはありますか?
大江:もうそれまで信じてた座標軸が全部崩れて、これまでのやり方がゼロになり、エンターテインメントは戻るのかな? という半信半疑のなか、より疑り深い目で物事の真理を探る自分が生まれました。ジャズだけじゃなく、今の世の中の流れとして、人が「楽しい!」って思うことが、より瞬間のものすごくバネのある、一瞬で消えていっちゃうものに変わってきてる。それと同時に、とても昔に流行ったシティポップが、今なお新鮮にリピートされる現象も起こってきてるんです。
そのムーブメントの中で何をやるかというときに、人生のパーフェクトゴールが見えてきた僕には、もう隠れたり横道に逸れたりする時間がないことがわかって、より慎重にものを作るようになったんですよね。だから僕は今、全ての生活を自分で構築し、足し算引き算して、何か新しいアートのジャンルを作って発信していこうと思い始めてて、その中心にジャズというものがキーワードとしてあります。
――そうした思いから、日本語の歌詞でジャズを歌うという、森山良子さんのジャズ・アルバム『Life Is Beautiful』(2024年12月)もプロデュースされたのでしょうか。
大江:そうですね。日本語と英語って、音楽でいう波形が全く違って、日本語は点と線、アメリカの言語はflow=波線なんです。そういう中で生まれてるジャズに日本語をのせるって、もっともチャレンジングで大それたことだけど、だからこそ面白いテクスチャーのものが生まれるんじゃないかと。それを森山さんと作ると、新しい日本語のジャズが降臨してくるに違いないと思いました。
――森山さんとの交流の中で曲が生まれていく様子や、即興のような歌詞づくりは、文章で読んでも刺激的です。
大江:「ライフ・イズ・ビューティフル」というコンセプトワードや歌詞は、多くを話さずプッシュもしない森山さんの、内面の深さや深い経験値からくるシンプルで強い言葉がもとになっています。僕は森山さんとのレッスンや会話の中からヒントを拾って、次にお会いしたときに、「ちょっとこれどうですか?」ってピアノを弾きながら口ずさむ感じで曲ができていった。それは僕が作ったんじゃなくて、森山さんからヒントを得た、森山さんとの会話の中にあるグルーヴを僕が1つの形にしたっていうのが正しい。でも音楽ってそういう風にしてできるものなんですよね。
彼女は僕が想像したよりもっともっと深くて、僕はその数パーセントもまだ引き出せていないんじゃないかというジレンマもありました。今も友情関係が続いているので、たとえば、森山さんと会って蕎麦を食べたときに偶発的に何か生まれたら、そこでレコーダーを回し、僕が洒落たコードを付けて、サビを一緒に書いたものをポチッと瞬時に多くの人に聴いてもらうようなことをやってみたいですね。
■亡き愛犬ぴーすは「言葉以上に理解力を持っていた」。あえて選んだ“ひとり宇宙ステーション”という生き方

――『Life Is Beautiful』の制作が進む中、2024年3月に、17年前に一緒に渡米したダックスフントのぴーすを亡くしました。それでも続く日常を懸命に歩む姿が胸を打ちます。
大江:家族で相棒で娘でもあったぴーすは、僕の中でおそらく言葉以上で理解力を持っていた存在。会いたいと今も思うし、ぴーすを見送ってから犬との関わり合い方が変わりました。今でも犬のほうが何か電波を感じるのか、歩いていると町中の犬が僕に振り返るんです。飼い主と散歩してても目をキラキラさせてこっちに来ようとするから、「今だめだよ、またな」って(笑)。
思いは強くなるばかりだけど、今の僕はお一人様をあえて選んで、ひとり宇宙ステーション的な感じでものを書いたり、音楽を奏でたり、スキルアップをしていこうと思ってて。それをアメリカの社会で還元し、犬への思いは違う形で繋がりを作っていこうと考えています。
――エッセイには妹のマンリーさんもたびたび登場します。マンリーさんはnoteでも人気だそうですね。
大江:最近、コンサート会場で「マンリさ~ん」って言われると、お手振りがあるらしいです(笑)。ちょっと調子に乗っとんちゃうん。
――きょうだい水入らずで温泉旅行に行くなど、仲の良い様子が伝わってきますが、マンリーさんはご自身にとってどんな妹さんですか?
大江:う~ん、オフコースの大ファンで、学生の頃は隣の部屋からいつも「さよなら♪さよなら♪」って聴こえてきてて。でも今は、僕がアメリカから帰ってくると、友達にもチケットを買っていただいて大勢でコンサートを見に来てサポートしてくれる。
■「ポップが1代目、ジャズが2代目、今は3代目を襲名した」 過去の曲も進化させる、ソロとトリオの醍醐味

――今回の来日では、全国を縦断したソロピアノのニューイヤーコンサートと並行して、べースとドラムのミュージシャンと組んだSENRI OE TRIOのジャズライブも開催されています。
大江:ポップ時代に書いた曲も注意深く落ち葉拾いして、ソロでは原曲を忠実に再現しながらジャズコードを用いて多層的なイメージを融合させるという、1段階レベルアップしたジャズミーツポップをやっています。トリオのほうは、85年に書いた「REAL」をクイーンみたいな不思議で典雅なロックジャズに、「向こうみずな瞳」はキューティーなテクノジャズにアレンジ。オールドスクールなスウィンギンジャズを完全ブランニューで書いた新作もお披露目しました。
――ソロとトリオそれぞれの、ご自身にとっての醍醐味と今後の展望を教えてください。
大江:ソロは変幻自在。僕が放出するエネルギーは半端じゃないぐらい要るし、大江千里のピアノと音楽、ライフの美学が滲み出ています。それがジャズミーツポップを超えて、今新たな音楽の融合に向かって進んでいます。トリオのほうは、今どんどんスキルアップして、瞬間瞬間で変わる音楽のスリリングなやり取りが非常に楽しい時期にきている。1人で闘い、耕すソロは返ってくるものも大きいけど、人と関わり、人を介して音楽を膨らませ、トリオで醸し出した音楽で拍手を分け合う幸せも、ほかに例えようがない喜びなんです。1人じゃないことってこんなに素敵なんだって思えるんですよね。歌舞伎俳優にたとえるなら、ポップの大江千里が1代目、ジャズは2代目で、それらが融合した3代目を今、襲名したところです。次なる作品が生まれることはもう決まっていて、今はどう生むか? という段階。ご期待ください!
インタビュー・文=浜野雪江/撮影=中村 功

