世界はいま、化石燃料文明の終焉と再生可能エネルギーを基盤とする新文明への移行という歴史的な大転換の渦中にある。自然エネルギー政策の第一人者・飯田哲也氏の新刊『Ei革命 エネルギー知性学への進化と日本の針路』は、「シン・オール電化社会」を実装するための政策とビジネスの実践書。
本書より一部抜粋してお届けする(全2回の1回目)。
歴史の巨大な分岐点に立つ
私たちは今、化石燃料を燃やすことで成り立ってきた18世紀の産業革命以来の「化石燃料文明」の終焉と、それに代わる新しいエネルギー文明の黎明期という、歴史の巨大な分岐点に立っている。
本章では、この不可逆的なパラダイムシフトを「シン・オール電化」と名付け、その核心的原理と全体像を解き明かす。
本章で見てゆく世界的な潮流は、独立系シンクタンクEmber が定義する「エレクトロテック革命」とほぼ同義である。太陽光や風力といった地球上に遍在する再生可能エネルギーを基盤とし、それを社会の隅々で最大限に活用するための「7つの神器」─太陽光発電、蓄電池、電気自動車(EV)、ヒートポンプ、水電解装置、パワーエレクトロニクス、そしてデジタル化とAI─によって構成される、高度に統合されたシステムである。
さらに、再生可能エネルギーがもたらす「ありあまる電気」という豊かさを、水素や合成燃料、熱といった新たな価値へと転換する錬金術「Power-to-X(P2X)」。そして、これまで縦割りであった電力・熱・運輸・産業といった社会の各部門を有機的に結合させ、システム全体の効率と強靭性を飛躍的に高める究極の設計思想「セクターカップリング」。これらが、新しい文明の神経系と循環系を形成する。
これは単なる燃料の置き換えではない。エネルギーの価値の源泉が、物理的な資源の採掘から、システムを最適化する知識や技術へと根本的に移行する、産業構造そのものの革命なのである。
本稿では、この歴史的転換のダイナミズムを、S字カーブが示す非線形の変化から説き起こし、中央集権的なエネルギー支配の終焉と、市民が主権を取り戻す「エネルギー民主主義」の時代の到来を展望する。
S字カーブが描き出す不可避な未来
私たちが今、目の当たりにしているエネルギー転換は、単なる燃料の置き換えではない。それは、緩やかで直線的な変化ではなく、農業革命、産業革命、IT革命に続く、人類史における第4の革命「Ei革命」とも言うべき、非連続的で爆発的なパラダイムシフトである。
この構造転換の本質を理解する鍵は、「S字カーブ」という概念にある。太陽光発電や電気自動車(EV)の劇的な普及が示すように、新しい技術は、ある臨界点、すなわち「ティッピング・ポイント(転換点)」を超えた瞬間から、旧来のシステムを驚異的な速度で駆逐していくのだ。
S字カーブは、イノベーションの採用が非線形に進展するパターンを描き出す。導入初期は、高コストやインフラの未整備、社会的な認知度の低さから、普及は遅々として進まないように見える。
多くの専門家や既存の業界は、この初期段階の緩やかな成長を見て、「新技術はニッチな存在に過ぎない」と結論づけ、その潜在能力を著しく過小評価する。しかし、これは致命的な誤りである。彼らの直線的な思考モデルは、指数関数的な変化の本質を捉えることが構造的に不可能なのである。
この変化の速度は、国際エネルギー機関(IEA)のような権威ある機関でさえ、正確に予測することが困難であった。むしろ「権威ある機関」や「権威ある専門家」であるがゆえに、従来からのエネルギー(化石燃料と原子力)を重視し、従来からの発想や手法に拘ったために、予測を大きく外し続けた。
IEAは毎年のように太陽光発電の導入量予測を大幅に上方修正せざるを得ず、その歴史は既存の組織や専門家がいかにこの非連続的な変化を見誤ってきたかを如実に示している(図4‒1)。
この爆発的な成長を駆動するのは、強力な「正のフィードバックループ」である(図4‒2)。
第一に、「学習曲線」の効果がある。生産量が倍増するごとにコストが一定の割合で低下するこの法則により、太陽光パネルや蓄電池のコストはこの10年で約10分の1にまで劇的に低下した。作れば作るほど安くなるとともに性能が向上し、安く高性能になればなるほど、さらに多く作られるという好循環が生まれる。
第二に、「規模の経済」が働く。大量生産は、固定費を分散させ、ユニットあたりのコストをさらに押し下げる。
第三に、「技術的強化」が進む。たとえば、EVの普及は充電インフラの整備を促し、それがまたEVの利便性を高めて普及を加速させるという、相互に強化し合うエコシステムが形成される。
そして第四に、「社会的普及」の力学が作用する。周囲の人々が新しい技術を導入するのを見ることで、社会的な受容性が高まり、採用の波が一気に広がるのである。
これらのフィードバックループが相互に作用し始めると、システムは「ティッピング・ポイント」に達し、古い均衡は回復不能なまでに破壊される。この時点に至れば、変化はもはや不可避となる。
既存のエネルギー予測モデルがことごとく現実を捉え損ねてきたのは、まさにこの非線形のダイナミズムを無視し、過去のトレンドを直線的に未来へ投影するという根本的な欠陥を抱えていたことに起因している。
したがって、私たちが直面している最大の脅威は、既存のエネルギーシステムの緩やかな衰退ではない。それは、予測をはるかに超える速度で進行する突然の崩壊であり、それに伴う莫大な「座礁資産」の発生である。旧来の石炭火力、ガス火力、原子力発電所は、その経済的寿命を全うするはるか以前に、競争力を失い、不良債権と化すだろう。この変化のダイナミズムを直視し、古いパラダイムから脱却することこそが、新しいエネルギー文明を構想する上での第一歩なのである。

