吉田茂が麻生に語った「バカヤロー解散」の舞台裏
麻生太郎の祖父が「ワンマン」と呼ばれた吉田茂であることは知られているが、麻生が吉田について親しい政治記者に語ったエピソードのなかには、なかなか興味深いものがある。
そうした逸話のいくつかを記してみる。
第4次吉田内閣の昭和28(1953)年2月の衆院予算委員会で、吉田は右派社会党の論客として知られた西村栄一の質問を受けているさなか、興奮して頭に血が上ったのか「生意気なことを言うな」「無礼者、バカヤロー」と口走ってしまった。
その結果、野党3党から共同で内閣不信任案を突きつけられ、衆院を解散せざるを得なくなったが、吉田は麻生に「バカヤロー解散」の“真相”について、こう話したそうだ。
「私があのときバカヤローと怒鳴ったみたいにいわれているが、怒鳴りやしなかった。西村君が私に食ってかかってきたとき、席にいてちょっとバカヤローと呟いただけだ。本当は誰にも聞こえなかったはずなんだが、口の動きで分かってしまったようだ。国会議員のなかには、どうやら“読唇術”の達人がいたようだ」【歴代総理とっておきの話】アーカイブ
“ワンマン流”オールドパーの飲み方
吉田は酒の席で、スコッチウイスキーの『オールドパー』を好んで飲んだ。これには“ワンマン流”の飲み方があって、水で割るが氷は絶対に入れなかった。その理由を麻生は吉田から聞いていた。
「祖父は氷を入れないことについて、『英国人は“腹を冷やすのはよくない”と言ってビールを冷やさない。ウイスキーも水では割るが氷は決して入れない。氷が溶けてくると水割りが薄くなり、味も落ちてくるからだ』と言っていた。祖父が遊説で地方に出掛けるときは、ハバナ産の葉巻と『オールドパー』を携行するのが常だった」
ちなみに、あの田中角栄も『オールドパー』の水割り一本やりで有名だったが、吉田の門下生としてこれを“踏襲”していたことは知る人ぞ知るのである。
また、麻生が吉田から、直接、教訓らしきものを聞いたのは、学習院の初等科、中等科の頃で、たった2度ほどだったそうだ。
次のような政治記者の証言が残っている。
「麻生は吉田から『太郎、おまえは歴史書を読むことだ。何が変わって、何が変わっていないかよく分かる。歴史を知らない国民は滅びる』と言われたそうだ。もう一つの教えは『男は決して泣くものではない。泣くのは感激したときだけにしろ』というもので、説教をして教育するという考え方は、吉田のなかには一切なかったそうだ」
