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「野球はひとりでできる」江夏豊と「ひとりではできない」江川卓…インハイとアウトロー、二人の怪物が語った決定的な違い

「野球はひとりでできる」江夏豊と「ひとりではできない」江川卓…インハイとアウトロー、二人の怪物が語った決定的な違い

江夏豊と江川卓。ともに“怪物”と呼ばれ、日本プロ野球史にその名を刻んだ二人の投手は、なぜ正反対の道を歩んだのか。剛球、制球力、勝負勘––––共通点の多さとは裏腹に、野球観、苦しみ方、そして誇りの置きどころは決定的に違っていた。書籍『怪物 江川卓伝』より一部を抜粋、編集し、ふたりの決定的な違いの正体に迫る。

江夏豊が語る、江川卓「空白の1日」

江夏豊は云う。「野球はひとりでもできるもんや」

江川卓は云う。「野球はひとりではできないことがわかりました」

両者の違いは何だろうか。

単純に、“天才”という言葉では納まりきれない多くのものをファンの前で披露し感動を与えてくれたのが、江夏豊と江川卓。

日本プロ野球史上、左右それぞれのナンバーワンピッチャーの呼び声も高く、剛球投手でありながらコントロールが良く、クレーバーな投球術は他の名投手に比べても群を抜いている。

江川は江夏の球質について「アウトコースに回転良く低目に伸びる球は、自分の球質と似てる感じがする」と言い、江夏は江川の球について「あのインハイのボールは勝てないと思った」と素直に称えた。

傲岸不遜で誰よりも誇り高き江夏が、江川の得意とするインハイのストレートを見て、勝てないと言ったのだ。もちろん79年からの二年間、同じセ・リーグで戦った江川のボールを見たうえでの判断だ。

江夏は当時、30代前半でベテランに差し掛かる時期だった。心臓に疾患があるためリリーフに転向し、連続セーブ王を継続中ではあったが往年のストレートの威力とはかけ離れ、キレとコントロールで勝負していた。“当時の自分では”との注釈が入るのだろうけど、負けは負け。潔かった。

入団時に世間を騒がせた「空白の1日」についても江夏なりの見解があった。

「あまりに次元が違う問題のため、いちプレーヤーがとやかく言うことではなかった。ただ、プロ野球側の人間として入ってくることは大いに歓迎していた。ただ、一番寂しく感じたのは巨人に入団したこと。

日本のプロ野球っていうのはやっぱり巨人が中心。巨人を倒す喜びを自分は持っていたから、巨人に入ったということは内心ガッカリしたよね。やっぱり阪神に入るとか、他球団に入って巨人を倒してもらいたかった。

それくらい巨人は強かったし、ちょうど自分が入った頃は巨人を倒すことがピッチャー冥利、野球選手冥利っていうか、倒すのが楽しみだったからね」

巨人一辺倒の野球界に怪物江川が新風を巻き起こす、そんな世界観を期待した思いがあった。

江夏が垣間見せたプライド

江夏は、1973年夏の甲子園、雨中での作新対銚子商業戦をテレビで観戦している。世間が江川江川とうるさいけど、一体どんなピッチャーやろうかと思い、上りの日だっただけにテレビ観戦した。

噂に違わぬダイナミックなフォームから要所要所で威力のある球を投げるなぁと思ったという。その日以来、江川という名が頭の片隅に刻まれた。

怪我等によってモデルチャンジをするときの心境を聞いたときに、江川は「僕は4年目で肩を痛めたことによって、コントロールをより身につけようとしました。生きる道を考えると、いろんな球種が投げられない分、コントロールとバッターの性格を知るという方向に特化していくしかなかった」と語った。

それに対して江夏は、己の覚悟の度合いを示すかのようにゆっくりと口を開く。

「18年やった人間と、半分の9年しかやってない人間の差は出てるよね。江川くんには失礼だけど、少なくとも自分は江川くんよりもピッチングに苦しんだ人間だから。肩が痛い、肘が痛い、嫌というほど味わった。それでも投げたもん。

それこそ脂汗を流して投げて投げて投げ込んで、最終的にリリーフでなんとか飯が食えるようになった。確かに肩が痛いとき、肘が痛いときにボールを投げるのは辛いよ。でも、それを俺は乗り越えたから。顔を洗えない、箸が持てない、そんなときでもボールだけは持てるんだから」

このときは、“くん”付けだった。仕掛けるというより、本心を見せたかった部分も強かったのだろう。と同時に、江川にもっと現役に執着して欲しかった、お前はそれだけの才能を持っていたんだという怒りの念も含まれていたに違いない。

無死球試合は、江夏(21試合)より江川(23試合)のほうが多かった点についても尋ねると、江夏はここぞとばかり間髪入れずに口を開く。

「場合によってはファアボールを出さなければいけないときもあるから、負け惜しみじゃないけど、それがすべてではない」

現役時代、自分の後ろから猛追してきた後輩に対し、江夏はプライドを垣間見せた。それは他の後輩には絶対に見せない姿であり、江川だから見せたのだ。あえてバチバチに勝負を挑んでいる気がした。

続けて、アメリカの野球に触れてどう思ったのかの問いでも江夏が「今ほど日本の野球が認められてない時代だからジャパニーズ、ジャパニーズって嫌な思いもしたし、勉強になったけどまた行きたいとは思わない」と答えたのに対し、江川は「アラスカリーグでメジャーの卵たちと一緒にプレーしてどういうレベルでどういうふうに考えてるかって全部わかったので、僕はいい経験になりましたね」と、ここぞとばかり饒舌に語った。

一見両者ともアメリカに行ったことはプラスだという答えだが、江夏はアメリカに行ったことへの意味を無理やり見出したのに対し、江川はアメリカに行ったこと自体に多大な価値を得たことを吐露したのだった。際どいボールの出し入れのように互いに譲らない姿勢が、見ていてヒリヒリシした。

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