就活に失敗してひきこもり、うつ状態に
ところが、就職活動でつまずいてしまう。
「企業研究もやらず、考えることからも逃げていました。自分はダメダメだから、自分を見つめるのが嫌だったんですね。『長所は?』と聞かれても、短所しか思いつかなくて。“自己肯定感がない”とか、“悪い方向に考え過ぎてギリギリまで行動を起せない”とか」
結局、就職先が決まらないまま大学を卒業し、藤原さんはそのまま自分の部屋にひきこもった。
「うつ状態になって、ほぼ一日中寝てました。ご飯を食べるのもエアコンを使うのも申し訳ないみたいな感じで、よく布団の中で泣いていましたね。大学まで卒業させてもらったのに、就職もできんくて、自分自身が情けないというか、なんで普通になれないんやろうって」
藤原さんがひどく落ち込んでしまったのは、もう一つ理由があった。
大学1年生のときに最愛の祖父をすい臓がんで亡くしている。最後の半年間は一緒に暮らしたのだが、そのときの自分の行動を責め続けていたのだ。
「亡くなる直前にすごい匂いがして、何か変だなとは思ったのに、急変したことに5時間くらい気付けなくて……。末期だったことも知らされてなくて、治るもんだと思っていたし、私はただそばにいて、ゲームしていたんです。
おじいちゃんはずっと苦しんでいたのに、気付けなかった自分が許せなくて……。なんであのとき、もっと早く気付かへんかったんって。
心の支えとなっていたおじいちゃんという大きな傘がなくなってしまい、『もう誰も信じられない』と思いました。神様も人間も、もうどうでもいい……そんな気持ちでした。
消化しきれないまま、ずっと引きずっていた祖父の死と、就職活動の失敗と、全部合わさって、うつ状態になったんだと思います」
公務員試験に落ちて、再び、ひきこもる
ひきこもりから脱したのは7か月後だった。
きっかけは、大学時代に先輩がMD(ミニディスク)に入れてくれたゲームの曲だ。繰り返し聞いて、その曲名がタイトルになっているゲームをプレイしてみたら、力が湧いてきたのだという。
「自分が死んでも世界が存続するような選択ができるゲームなんですけど、やっているうちに“人間も悪くないな”って感覚が芽生えてきて。このまんまじゃいかんっていう感覚もあったんで、公務員になろうと思ったんです。
一念発起過ぎるやろとは思ったけど、祖父がもともと国税局で働いていたのもあるし、これまでの人生を逆転する、くらいの勢いでないと取り返せないと」
公務員試験の専門学校に通って受験したが1年目は失敗。2年目は面接で落ちてしまう。落ち込んだ藤原さんは、再び自室にひきこもり、昼夜逆転の生活が始まった。
「2回目にひきこもったときは、自分にはゲームする資格もない、ゲームなんか楽しんだらあかんやろみたいな感じでしたね」
思わず、「そこまで自分を責めなくてもいいのに」と言うと、藤原さんは小さく首を振る。
「自分自身が自分の存在を許していない感はずっとあって。自分責めが当たり前だったんです。将来展望も描けないし、不安だらけでした。実行する勇気はないのに、『死にたい』と常に言っていたので、妹に『お前の死にたいは軽い』って言われたこともあります」
実は兄も高校生のときに不登校になり、それ以来、自室にひきこもっていた。兄の部屋は1階、藤原さんは3階と離れていたが、お風呂など共有スペースで鉢合わせしないように気を遣い、家の中でも安心できなかったという。
3人の子どものうち2人がひきこもってしまい、母親は文字通り、「頭を抱えていた」そうだ。
「これからどうすんの?」「バイトせえへんの?」
母親にそう聞かれるたびに、藤原さんは「なんでわかってくれないの」と不満に思ったが、自分の思いを母にぶつけることはできず、ひきこもったまま2年の月日が過ぎた。
しかし、そんなひきこもり生活からの突破口を作ってくれたのは、母親だった。
〈後編へ続く『「自分、こんなに笑えるんだって」妹に無能扱いされ、買い物依存症にもなった39歳ひきこもり女性の“人生を変えた”出来事』〉
取材・文/萩原絹代

