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「日本で一番上手い」と称されるスキーヤー|坂本豪大の攻めたスキーライフ

世界で戦った時間─技術と自信のあいだ

Photo:HIDE CHIYASU 

日本ではもはや敵なし。坂本豪大は、世界を見据えていた。

「勝って当然だなって思ってましたね。そのときは。それくらい自信があったし、日本のなかでも誰よりも上手いと思ってたし、日本で負けてるようじゃ世界に行けないって思ってたから。でも、当時は死に物狂いでトレーニングしてましたね。ナショナルチームでの練習は合宿のときしかないんです。だから、普段は選手たちはジムとか通うんですけど、僕の場合は日常の遊びが全部トレーニングだったので、インラインスケートやマウンテンバイクを1日何時間もやってました。これだけ体動かしてたら負けるはずないって思ってましたね」

坂本豪大といえば、モトクロスの腕前も国内A級と相当なもので、並外れた身体能力の高さでも有名だ。

モトクロスも競技を続けていればきっとトッププロになっていただろう

「小さい頃からなんでもやりました。楽しいと思うことは本気でやってたんで。できようができまいが関係なくね。父さんがすごく身体能力が高かった。もともと登山家で三浦雄一郎さんとも親交があって。そんな環境もあったかな。スピードが好きなんです。モトクロスはマウンテンバイクより速くて激しくて面白い。アドレナリンが出ないと面白いと思えなくて(笑)」

坂本がモーグルに惹かれた背景には、デュアルという独特の競技スタイルが、このアドレナリン欲求にマッチしていたからではなかったか。

「でも競技って怪我とかを含めていつ何が起こるかわからない。そのときの体調やコースの好き嫌い、勝負の運もある。だから絶対に世界がとれるって確信はなかったけど、確かなことは、常に表彰台しか見てなかったってことです」

洗礼を受けたクリフジャンプ

Photo:HIDE CHIYASU 

「モーグルを始めた頃から、カナダのナショナルチームにいたJFクッソンやJPオークレアと一緒に滑るようになったんです。当時フリーライドって言葉はなかったけど、海外のリゾートって、どこでも地形を活かして遊べる。あいつらと一緒に飛んだり、地形で遊んだりしてるうちにめっちゃ面白くない?!みたいな感じになって。

その頃、ナショナルチームに入って1年目(1995)かな、大先輩の山崎修さんにK2の関係で海外に撮影に誘ってもらって。USAワイオミング州のジャクソンホールに連れていってもらったんです。ゲストでグレン・プレイクやダグ・クームスらも来ていた。山に上がって、みんなで撮影場所までフリーランで流していこうってなったら……いきなりクリフなんですよ(笑)! 僕、それが人生初のクリフで……。

Photo:HIDE CHIYASU 

『タケ、ここ崖あるから。高さ7,8mかな。ま、オマエなら大丈夫だよ』って(笑)。マヂか……と思ったけど、飛ぶしかない。結果問題なかったんですけど、僕、細いモーグルの板だったんですよね(笑)。まぁ、これで初めてクリフジャンプを覚えて、面白くなっちゃった。

そのときにグレンがグラブして飛んでるのを初めて見たんです。スキーをクロスしてミュートでちょっとタッチしてるだけだったけど、あれカッコイイな!と思ったんです。グレンに『真似していい?』って聞いたら『おぅ、全然いいぞ、日本でどんどん広めろ』って言ってもらった。それで日本に帰っていろんな大会でやったり、JFクッソンたちと滑るときもグラブをやっていたら、あいつらも真似し始めたんです」

当時、ツインチップスキーの登場とともに生まれたエアトリックやレールライドという新しいスタイルのスキーは「ニュースクール」と呼ばれ、瞬く間に一世を風靡した。いわゆるフリーライドムーブメントの始まりだ。このアイコン(象徴)だったのがJPオークレア・JFクッソンらの「カナディアン・エアフォース」なる面々。なんと彼らにグラブを仕込んだ?のは坂本豪大だったのだ。

坂本は世界のトップシーンで戦いながら、勝ち負けだけでなく、自由さや滑りの本質にも魅せられていくようになる。

配信元: STEEP

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