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娘から学んだ“無条件の愛”――元相棒フィッシャーが明かすコビーの知られざる成長秘話<DUNKSHOOT>

娘から学んだ“無条件の愛”――元相棒フィッシャーが明かすコビーの知られざる成長秘話<DUNKSHOOT>

ロサンゼルス・レイカーズのレジェンド、コビー・ブライアントは、NBA史上最高の選手の1人挙げられる伝説のスーパースターだ。2020年1月にヘリコプター墜落事故により41歳で亡くなったが、“ブラックマンバ”の伝説は今も色あせず、レガシーは語り継がれている。

 ただ、負けず嫌いな性格ゆえにエゴが強く、チームメイトと衝突する場面も少なくなかった。強力なコンビで3度の優勝をもたらしたシャキール・オニールとの確執に加え、名将フィル・ジャクソンからは「コーチング不可能」と評されるなど、キャリア中盤までチームリーダーとして疑問を呈されていた。

 長年レイカーズでチームメイトだったデレック・フィッシャーによると、コビーは父親になってからより繊細で内省的になり、娘の存在が彼の物の見方や洞察力を大きく変えたという。

 フィッシャーとコビーは同じ1996年にレイカーズに入団。年齢はフィッシャーがコビーより4つ上だったが、練習熱心な2人はチーム練習が終わってもジムに残って腕を磨きっ続けた。

 ともに2年目からレギュラーに定着すると、チームは2000~02年に3連覇。04年オフにフィッシャーはゴールデンステイト・ウォリアーズに移籍しコンビ解散となったが、07年に古巣へ復帰すると、再びコビーとタッグを組み、09、10年に連覇を成し遂げた。

 現在51歳のフィッシャーは『CNN』のエレックス・マイケルソンに、かつてコビーと話した内容の会話を明かした。

「彼に人生やキャリア、ビジネスについてどう考えているかを尋ねたんだ。彼は話し始めて、途中で言葉を止め、『こう言おう。自分の決断が20年後の娘たちにどう影響するかを考えさせられたんだ』と言った」

 フィッシャーは続ける。
 「その一瞬で理解できる。父親がそう言うのを聞けば、NBAでプレーしていようといまいと、共感できる。それは娘や家族、そして妻に対して抱いていた心の内をただ分かち合い、弱さを露わにして見つめ直す、とても深い瞬間だった」

 フィッシャー自身も3人の娘を持つ父親であり、ユタ・ジャズ在籍時の07年に生後11か月の長女が網膜芽細胞腫(目にできる腫瘍の一種)を患っていることが判明した。

 オフには娘が適切な治療を受けられる大都市でのプレーを希望し、ジャズと3年2200万ドルの契約が残っていたにもかかわらず、チームに契約解除を申し出た(その後レイカーズと契約)。この経験の最中、コビーも父親として成長していた。

 コビーが父親になってどう変わったかを聞かれたフィッシャーは、次のように答えた。

「女の子を持つ者なら誰でも、人生は大きく変わる。どんなにタフであろうと、娘たちはあなたを変える。コビーにとって、娘がいることで、無条件に愛することを学べる。他の経験ではなかなか学べないことだ。娘たちは彼に、自分の決断が他人にどう影響するかを考えさせる助けとなった」

 そしてフィッシャーは、コビーが父親として、夫として、チームメイトとして、より良い人物になり、それがチームを勝利に導く力にもなったと説明する。

「ただ自分のことだけじゃない。娘たちがこのメッセージを彼に伝え、より良い父親、より良い人間、より良い夫、より良いチームメイトへと成長させたんだ」

 この時代のレイカーズ5度の優勝をすべて経験している選手は、コビーとフィッシャーの2人だけ。バックコートの相棒としてスーパースターを支え、良き理解者でもあった名脇役は、感慨深げにそう振り返っていた。

構成●ダンクシュート編集部

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配信元: THE DIGEST

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