
人類はいつから水の上を移動する手段を手にしたのでしょうか?
海や川を越える「舟」は、文明の発展に欠かせない技術ですが、その起源は意外なほど古く、しかもはっきりとは分かっていません。
ただし現在、考古学的に「確実に存在した」と言える最古のボートは見つかっています。
一方で、人類が舟を使い始めた時期そのものは、それよりはるか昔にさかのぼる可能性が高いと考えられています。
今回は、現存する最古のボートとして知られる遺物と、人類が舟を発明した時期をめぐる最新の理解を整理してみましょう。
目次
- 現存する世界最古のボート「ペッセ・カヌー」
- 舟の発明自体は「5万年以上前」だった可能性
現存する世界最古のボート「ペッセ・カヌー」
現時点で、実物として確認されている世界最古のボートは、オランダで発見された「ペッセ・カヌー」です。
このカヌーは1955年、オランダ北部ドレンテ州のペッセ村近くで、道路工事中に泥炭地から偶然掘り出されました。
ペッセ・カヌーは、一本のヨーロッパアカマツの丸太をくり抜いて作られた丸木舟です。
全長は約298センチ、幅は約44センチと細身で、内部には石器などを用いて削られた痕跡が残っています。
炭素年代測定の結果、この舟は紀元前8040年から紀元前7510年ごろに作られたと推定されています。
時代としては中石器時代初期にあたり、農耕が本格化する以前の狩猟採集社会です。

発見当初、この遺物は「本当に舟だったのか」という疑問も持たれました。
サイズが小さく、不安定に見えたためです。
しかし2001年、忠実なレプリカが製作され、実際に人が乗って漕ぐ実験が行われました。
その結果、水上移動に十分耐えうる構造であることが確認され、ペッセ・カヌーは実用的な舟だったと広く認められるようになりました。
木製遺物であるにもかかわらず、これほど古い舟が残った理由は、発見場所が酸素の少ない泥炭地だったためです。
腐敗が進みにくい環境が、約1万年前の木製ボートを現代まで保存していました。
舟の発明自体は「5万年以上前」だった可能性
では、人類が舟を使い始めたのは、ペッセ・カヌーが作られた約1万年前なのでしょうか。
多くの研究者は、そうではないと考えています。
重要な手がかりとなるのが、人類のオーストラリア到達です。
現代の研究では、ホモ・サピエンスは少なくとも5万〜6万5000年前にはオーストラリアに到達していたことが分かっています。
当時、アジア大陸とオーストラリアの間には陸橋は存在せず、外洋を越える必要がありました。
つまり、人類はこの時点ですでに、何らかの水上移動手段を持っていたと考えざるを得ません。
この結論は、古代および現代のオーストラリア先住民のゲノム解析によっても支持されています。
DNAの分岐時期を調べた研究では、オーストラリア北部への定住が約6万年前に始まったことが示唆されており、同時代の石器や顔料の出土とも一致しています。
さらに一部の考古学的発見は、舟の利用がそれよりはるかに古い可能性を示しています。
ギリシャのクレタ島では、少なくとも13万年前とされる旧石器時代の石器が見つかっています。
クレタ島は数百万年前から島であり、もし年代が正しければ、人類はかなり早い段階で舟を使っていたことになります。
また、インドネシアのフローレス島やスラウェシ島では、80万年以上前、あるいは100万年以上前にさかのぼる可能性のある石器が報告されています。
これらの発見を舟による意図的な航海と解釈するか、自然の漂流による偶然と見るかについては、現在も議論が続いています。
舟は文明より先に生まれた技術かもしれない
確実な証拠として残っている最古の舟は、約1万年前のペッセ・カヌーです。
しかし、人類が水の上を移動する技術そのものは、少なくとも5万年前には存在していた可能性が高いと考えられています。
舟は農耕や都市が生まれる以前から、人類に食料や資源、そして未知の土地への道をもたらしました。
文明を支えた技術というより、むしろ文明が始まる前から人類とともにあった道具だったのかもしれません。
「人類はいつ舟を発明したのか」という問いは、いまだ完全な答えを持っていません。
しかしその答えは、私たちが想像するよりも、はるかに深い過去に沈んでいる可能性が高そうです。
参考文献
When were boats invented?
https://www.livescience.com/archaeology/when-were-boats-invented
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

