731部隊関係者が捜査線上にあった事実
また1985年に米国立公文書館で発見された、’48年3月11日付のGHQ機密文書には、捜査の初期段階で細菌兵器で知られる旧関東軍731部隊関係者が捜査対象になっていた事実に加え、①犯人の手口が731部隊の母体だった千葉県の「軍機密化学研究所」作成の毒物取り扱い指導書と酷似、②犯行に使用された器具も同研究所のものと類似、③犯人が毒物を飲ませる際の「FIRST DRUG(第1薬)」「SECOND DRUG(第2薬)」という英語での指示は同研究所での言葉遣いと共通――とする記載がある。
731部隊関係者への捜査は平沢逮捕によって突如打ち切られたが、唐突な捜査方針変更の背後に、米国が細菌兵器データ提供の見返りとして元部隊員に与えた戦犯免責の存在を指摘する関係者は少なくない。
帝銀事件を覆う闇の深さは計り知れない。事件経過を検証すれば旧日本軍の影と、それを打ち消そうとするGHQの痕跡が陽炎のように浮かんでは消える。遠藤氏は「(犯行は旧軍関係者が)戦争中にできなかった人体実験をやったと理解した方が、判決よりも極めて合理的」だと語っていた。
決して公式記録には残らない、敗戦国・日本で人知れず蠢いた数多の謀略。戦後80年を超え、そのかすかな痕跡も失われようとしている。帝銀事件を含む空白の占領史が解明される日は、永遠に訪れないのか――。(肩書は当時、一部敬称略)
取材・文/岡本萬尋
