今年6月11日からアメリカ、カナダ、メキシコの3カ国共同で開催されるサッカーW杯。しかし、このW杯をボイコットする機運が欧州で高まっている。その争点は、米国の対外姿勢だ。グリーンランド領有への意欲、移民取締りによる入国審査の懸念、そしてFIFAの「平和賞」を巡る矛盾。本当にボイコットは行なわれるのか。ボイコットの歴史を手掛かりに、その着地点を占う。
サッカーW杯ボイコット運動、3つの争点
今回の反対運動における最大の争点は「アメリカのグリーンランド所有への意欲」だ。
1月下旬のAP通信の報道によると、トランプ米大統領のグリーンランド取得意欲や、反対する欧州諸国への関税示唆を理由に、ドイツサッカー連盟の副会長であるオケ・ゲットリヒ氏が「W杯ボイコットを真剣に検討・議論する時期だ」と発言した。
この動きに呼応する形で、オランダでは代表チームの渡米中止を求める請願が15万件にのぼり、イギリスやフランスでも撤退議論が一部議員によって発議されている。加えてアメリカの移民取締りや入国審査への不安もくすぶっている。
2月4日現在でアメリカは世界39カ国に対して入国禁止・制限を課しており、AP通信は6月開催のW杯、2028年ロサンゼルス五輪の観客やメディアにも適用されると伝えている。この39カ国には、W杯出場が決定したコートジボワールやセネガル、イランが含まれており、イラン代表は抽選会のボイコットを一時表明するまでに至った。
また政治的中立の観点からも矛盾が指摘されている。国際サッカー連盟(FIFA)は昨年12月のW杯組み合わせ抽選会で、トランプ米大統領に「FIFA平和賞」を授与した。
公式サイトでは「人々を平和の精神で結びつける努力を称える」と説明されているが、受賞した当人は翌月にベネズエラ攻撃を主導し、さらにはグリーンランド所有への意欲を隠さない。なぜ平和賞が授与されたのかという疑問の声も多い。
一部では「開催への忖度」という批判もあり、一連の動きを鑑みると欧州でボイコットの声が高まることは必至だったと言える。FIFAはこれまでのボイコット運動について、2月4日時点でコメントを出していない。 W杯の歴史をさかのぼると、ボイコットは何度か起こっている。
W杯の歴史を遡ると、実際にボイコットまで発展し功を奏したケースもある。
1966年のイングランド大会では、アフリカ諸国による予選ボイコットが起きた。本大会への出場枠がアフリカ、アジア、オセアニアの3大陸で「1枠」のみだったことに抗議し、当時のアフリカサッカー連盟(CAF)に加盟していた全15カ国が予選をボイコットした。
これを受けてFIFAは1970年メキシコ大会からアフリカに出場枠を与えたため、ボイコットが実際に制度を変更させた唯一の事例となった。
過去にはボイコット断行で制度変更も
過去の主なボイコット運動は以下の通り。
・1958年スウェーデン大会:エジプト、スーダンが政治的理由でイスラエルとの対戦を拒否。インドネシアが中立地開催を要求も認められず棄権
・1974年西ドイツ大会:ソビエト連邦代表がチリで起きた政変への抗議として、試合会場変更を求め予選をボイコット。FIFAは受け入れず失格処分
・1978年アルゼンチン大会:開催国におけるスポーツの政治利用に反対した「アルゼンチンW杯ボイコット委員会(COBA)」が発足し、パリで8000人規模のデモが勃発
・2014年ブラジル大会:スタジアムやインフラへの巨額の公費投入の一方で、公共サービスが置き去りにされていることに対し、「Não vai ter Copa(W杯なんてやらせない)」をスローガンとした国内デモが勃発
・2018年ロシア大会:ロシアのクリミア半島併合や外交での強硬姿勢に対し、英国閣僚や王室メンバーが不参加を表明
・2022年カタール大会:デンマーク代表による「human rights for all(すべての人に人権を)」と書かれたTシャツの着用が提案
2014年ブラジル大会からは開催ごとにボイコット運動が起きているが、全て「運動」の域で収まっている。66年大会のボイコットと決定的に異なる点は、FIFAが介入できない問題に対して行動が起こされている点だろう。「スポーツなんてやっている場合じゃない」という民衆の意思が、W杯開催を通じて提起され続けてきた。
今回の騒動はサッカー協会や政府を巻き込むまでに発展するのか。1980年モスクワ五輪で起きたアメリカ主導のボイコットと照らし合わせると、共通点が浮かび上がってくる。
当時アメリカはソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、カーター政権主導で不参加を決定。その後多くの国を巻き込むこととなったが、不参加の理由が「他国への侵攻」という点では、グリーンランド所有への意欲と一致する。

