“電車の音を聞きながら、すすって乗り込む”。西新井駅ホームの立ち食いラーメン店「西新井らーめん」が2026年3月31日で閉店。1969年創業、電車待ちの一杯として愛された“ホームの風景”が消える。駅と飲食の関係が変わる今、その意味を追う。
駅ホームで営業を続けてきた奇跡のラーメン店
西新井駅のホームから一つの風景が消える。
東武スカイツリーライン(伊勢崎線)のホームに店を構える立ち食いラーメン店「西新井らーめん」が、3月31日をもって閉店する。
駅ナカでも駅前でもない、「駅のホーム」に存在するラーメン店。これは今や都内でも数えるほどしか残っていない。その中でも「西新井らーめん」は、知名度、歴史、そしてファンの記憶への刻まれ方において、間違いなく特別な存在だった。
ラーメン評論家の山本剛志さんは、この閉店を「一店舗の問題ではない」と見ている。
「ホームドアに代表される人員削減による駅ホームの簡素化は、鉄道業界全体の大きなトレンドだと思います」
この一杯の終わりは、駅における飲食店のあり方が変わってきたことを象徴している。
改札を抜け、階段を上り、電車を待つ。その待つ場所にラーメン屋がある。この光景は、実はかなり珍しい。立ち食いそばであれば、駅ホームにあることは決して珍しくない。
だが、ラーメンとなると話は別だ。それでも「西新井らーめん」は1969年の創業以来、半世紀以上にわたって営業を続けてきた。
「今は囲いをつけないと営業が認められないので、ホーム中央に飲食店を置くのは、もうかなり難しいですよね」
山本さんの言葉どおり、現在の駅ホームは余白を許さない空間になりつつある。その中で営業を続けてきた事実自体が、奇跡だったのかもしれない。
閉店が告知されて以降、店には連日、かつての常連や噂を聞きつけたファンが詰めかけている。聞こえてくるのは、惜別の言葉ばかりだ。
「え、なくなるんですか? 中高時代が足立区住まいで、めちゃ食べてました。寂しいです」
「ちょうど乗り換えの時に一本遅らせて食べてました。昔からある物がどんどんなくなってきて、寂しく思います」
「北千住から西新井には降りずに、らーめんだけ食べに行きましたね。地元の名店がなくなるのは寂しい」
どの声にも共通しているのは、「特別な店」ではなく「当たり前にそこにあった」という感覚だ。日常に溶け込みすぎていたからこそ、失われる瞬間に初めて、その重みが可視化される。
立ち食いそばと立ち食いラーメンの決定的な違い
閉店を前に、私も改めて店を訪れた。
ラーメンは620円。生憎、千円札や小銭を持ち合わせておらず、どこかで崩してから戻ろうと思った瞬間、店員さんが声をかけてくれた。
「両替しますよ!」
さらに驚いたのは、両替前に注文を聞かれたことだ。そして両替し、食券を買っている間に、ラーメンはすでに完成していた。
このスピード感は偶然ではない。電車を待つ人や乗り換えの人が客層である以上、提供時間を1秒でも縮める必要がある。そのための工夫が、動線の隅々まで行き渡っている。
具はチャーシュー、メンマ、ネギ、ナルト、ワカメ。麺は中ストレート。鶏が下支えしたスープに、まろやかな醤油。いわゆるノスタルジックな味わいだが、不思議とまた食べたくなる。チャーシューもきちんと旨い。
立ち食いそばと立ち食いラーメンの決定的な違いについて、老舗製麺所の丸山製麺・取締役の丸山晃司さんはこう語る。
「立ち食いラーメン店が少ない理由は、麺の茹で置き(事前に茹でておくこと)ができるかどうか、という点が大きいと思います。
駅そばは、生蕎麦を茹で置きして使うことが多いですが、ラーメンで茹で置きをしているお店は、なかなか聞きません」
駅ホームという限られた時間の中では、茹で時間の短縮が不可欠だ。しかし中華麺は、茹で置きに向かず、小麦が溶け出した湯の管理も難しい。
「個人商店としては、来店人数の減少、原材料費の高騰、働いている方の高齢化などもあり、かなり厳しくなっている印象です」
こうした条件を考えると、「西新井らーめん」が半世紀以上続いたこと自体が、ほとんど奇跡に近い。
山本剛志さんは、現在の駅の変化をこう整理する。
「どこの鉄道会社も、安全対策をしながら人員削減を進めて、経営資源をエキナカ施設のほうに移しています。時刻表や時計も外す方向です」
こういった流れの中で、ホーム上の飲食店は構造的に居場所を失っていった。
「永田町の『東京とんこつ』や、西荻窪の『よしかわ』のように、ホームではないエキナカ店は、今後も増えていくと思います」
実際、ラーメンは駅から消えたわけではない。ただ、場所を変えただけなのだ。

