1年前は港区にいたのに

(写真:iStock)
しばらくすると、注文の品がやってきた。優梨愛は配達員に丁寧にお礼を告げ、テーブルの上にごちそうを広げた。
「独身の頃に住んでいた街は、周りにお店も多くて外食もテイクアウトも楽しかったなぁ」
「そうそう、今でも毎日Uberでも飽きないよ」
「この街はどこにでもあるお店ばかりだからね。外食も宅配も代わり映えしない、というか…まあ、暮らしやすさはあるんだけど」
到着したピザとチキンを頬張りながら、優梨愛は今住む街の暮らしを自虐した。駅についたとき、まさしくそう感じた奈江は思わず同意してしまう。
「そうそう。何もかもパッとしていないところだよね」
この言葉を口にしたとたん、優梨愛は真直ぐに奈江を見つめてきた。すぐに撤回すべき発言だと奈江は気づいた。
「えっと、これはdisじゃなくて――」
だが、次の瞬間聞こえてきたのは、優梨愛の聞いたことがない大きな笑い声だった。
「ほんとそう! ここね、一応は住所横浜だけど、ちょっと行くと鎌倉だし、だけども湘南って感じでもないし、どっちつかずの街なのよ」
弾んだ声であったが、心の底から染み出た悲しい叫びに奈江は聞こえた。そして、彼女は小さな声でつぶやく。
「ふしぎー。私、1年前まで、南麻布や丸の内の中心にいたんだよね…」
「100均があれば十分」本当に望んだ生活なの?
静かな嘆きに、フォローの言葉が思い浮かばなかった。
容姿端麗なモデル男子や、年収2000万越えの商社マンや経営者からの求愛を蹴ってまで、彼女はこの色のない街での、庶民的な生活を求めていたのだろうか。
シャネルのコフレは、いまだ手つかずのまま。まさかこれを出産祝いにあげたことを、都会暮らしのマウントだと不快に思われたのだろうか。出産祝いは、子どものものよりママ向けの方が喜ばれると、ネットで書いてあったからそうしただけ。だとしたら悪いことをしてしまった。
「…でもね、結局ひきこもり生活だから、何もない方がいいのかも。生活のものは十分すぎるほど事足りる場所だよ。西松屋と100均さえあれば十分」
優梨愛の最近の趣味は、ハンドメイドで天然石を使用したアクセサリーを作ることだという。製作したピアスやペンダントを見せてくれた。

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「いいでしょ。欲しいのがあったらどうぞ」
奈江にとっては、どれもイマイチだった。まるで子供の工作だ。消去法でローズクォーツがふんだんにあしらわれたブレスレットを手に取る。
「やっぱり? 奈江ちゃんは、絶対それ選ぶと思っていたよ」
「はは…」
自覚できるほどの乾いた笑いをする。無になった心で、
――ほんとに暇そう…。
目の前で、微笑む優梨愛。本当に彼女はそれで満足しているのだろうか。心が枯れないように、幸せだって思い込んで、無理やり笑っているんじゃなかろうか。
奈江はかつてのキラキラした優梨愛の笑顔を脳裏に思い浮かべる。
今はいいかもしれない。蓄積された不満が、いつか爆発する日がきっとくるかもしれない。最悪の予感がよぎった。
すると、奈江のスマホが短く揺れた。ビーチフラッグのごとく、すぐスマホを手に取る。
