ヴァンクリは「大黒屋」に売ってしまった

(写真:iStock)
『――別にいいよ、遅くなるけど』
送り主は西本。昨晩の夜に『明日会えない?』と連絡して、待ちに待った返信だった。
「彼氏?」
優梨愛の声で我に返る。
「う、うん」
「いつから? どんな人?」
「ナイショ。ちょっと前に知り合った、経営者の人だよ」
奈江は今すぐにでも返信したかったが、どこか気が引けてスマホを伏せた。
「さすが。そのヴァンクリも彼から?」
「まぁ…」
「やっぱり? 本当にかわいいね!」
優梨愛は奈江の胸元のネックレスに目を細めた。本当は自身で購入したものだ。ボーナスをはたいて、しかも、二次流通で。
「優梨愛も結婚前はこういうの、いろいろな人からもらっていたでしょう? 言い寄られていた人、いっぱいいたじゃない」
「全部大黒屋で売ったり、本人に返しちゃった。結婚式でお金使うし、もういらないから」
ふぅと、優梨愛が大きなため息をついたのを、奈江は見逃さなかった。
優梨愛はかねてから強い結婚願望があったと西本から聞いている。言い寄った男には、全員に「結婚前提」を求めていたとか。
今の優梨愛は「蟻地獄」にいる

(写真:iStock)
優梨愛が、あの夫と結婚したのは、おそらく、たまたま再会した同級生に結婚をちらつかせられただけなのだろう。そして、フィーリングという曖昧な言葉で自分の心を誤魔化して、念願の結婚生活を手に入れた。
しかし、今の優梨愛は抜け出せない蟻地獄にいるようだ。
家持ちで子持ちの専業主婦。肩書上は幸せそうだけど、まったく幸せそうじゃない。「こんなはずじゃなかった」と、どこかでそう感じているはず。
奈江に揺るぎない正義感が湧いてくる。優梨愛の手を取って、いざなってあげたいと思った。モラルなど知らない。それだけ、彼女が見ていられなかった。
奈江はまっすぐに優梨愛の目を見つめた。
「ねえ。今度、経営者との食事会があるんだけど、行かない?」
【#3へつづく:29歳、元キラキラ女子の“なれの果て”。冴えないスーパー店員と結婚…その理由に共感できる?】
(ミドリマチ/作家・ライター)
