
昭和に輝いた不出世のスター、松田優作が主演した大映時代劇「ひとごろし」(1976)。題名だけを見ると、血飛沫が舞うハードな剣戟ものを想像してしまう。筆者が本作を観たのは令和に入ってからだ。1970年代の時代劇、とりわけ“大映映画”と聞くと、どうしても重厚で堅いイメージが先に立つ。しかし実際に観てみると、その印象はあっさり覆された。こんな発想の柔らかい、どこか現代的なノリの時代劇が半世紀近く前に作られていたことに、素直に驚かされた。
ここでいう「ひとごろし」とは、凄腕の剣客のことではない。臆病者の若侍が、格上の剣豪を精神的に追い詰めるために四六時中浴びせかける「叫び声」のことだ。いわゆる「格好いい優作」のイメージを自ら破壊しにいくような、実に人間臭くておかしな一作である。松田優作の役者としての深さも分かる本作が、2月10日(火)、BS12 トゥエルビ(BS222ch※全国無料)の「大映映画特集」(毎週火曜夜7:00~)の一作として放送。この作品での姿を通じ、改めて松田優作の俳優としての魅力を再発見してみたい。
■強靭な男のイメージを覆す、情けないほどに純粋な臆病者
「ひとごろし」の原作は、山本周五郎の同名短編小説。舞台は福井藩で、松田優作が演じるのは藩内でも有名な臆病者の若侍・双子六兵衛だ。
六兵衛は、背ばかり高くて剣術はからきし。犬の吠え声にも震え上がるほどの小心者で、武士としてはかなり頼りない。そんな男が、藩士を斬って出奔した剣豪・仁藤昂軒(丹波哲郎)の上意討ちに名乗りを上げる。理由は、自分が臆病者扱いされるせいで嫁に行けない妹のため。そして「一生に一度くらいは、誰かの役に立つ人間であることを証明したい」という、なけなしの男気だった。この動機が、妙に切実で胸に残る。
当時の松田優作は、「太陽にほえろ!」のジーパン刑事役を経て、アクションスターへの階段を駆け上がっていた頃だ。本作での彼は、その長身を持て余すようにバタつき、泥の中を必死に転げ回る。後年のハードボイルド路線で見せる、隙のない美学はここにはない。あるのは、肝の小さな臆病者の、滑稽でいてどこか憎めない姿だけだ。
令和の感覚で観ると、この“格好悪さ”を真正面から引き受けた演技の潔さが、むしろ新鮮に映る。松田優作という役者が、自分のイメージを一度壊し、情けない人間像を組み立て直していく。その過程を目撃しているようで、痛快である。
■斬らずに勝つ、「精神的追い込み」という反則技
題名は「ひとごろし」だが、映画の大部分を占めるのは、六兵衛が昂軒につきまとう奇妙な追走劇だ。正面から斬り合えば一瞬で終わると分かっている六兵衛は、卑怯で、しかし執拗な方法で相手の神経を削っていく。
昂軒が飯を食べようとすれば「そこで飯を食っている侍は人殺しですよ!」と叫び、旅籠に泊まれば「そこに寝ている侍は人殺しですよ!!」と触れ回る。障子の向こうから「人殺し……」と声をかける場面は、もはや悪質な嫌がらせだ。
刀を交えるどころか、遠くから野次を飛ばし、安眠を妨害し、メンタルを削る。追いかけられれば全力で逃げる。武士道というより、完全に迷惑行為のプロである。しかし、この絶対に正面から戦わないヘタレの執念が、威風堂々とした昂軒を少しずつ追い詰めていく過程がとにかく面白い。
「貴様に武士の誇りはないのか!」と怒鳴られても、「私には武芸の才能はありませんから!」と震えながら開き直る六兵衛。この徹底した小物感を、松田優作が全力で引き受けているからこそ笑いが成立する。1976年という時代を考えると、ここまで笑わせに振り切った時代劇はかなり異色だ。令和の今観ても古びるどころか、感覚的にやけに近いものを覚えるのが面白い。
■果たしてこれで上意討ちは成るのか? 史上最もトホホな追跡劇
ここまで情けない作戦を続ける六兵衛を見ていると、「本当にこれで上意討ちが成立するのか」と、ハラハラを通り越して心配になってくる。最後に勝つのは剣の腕か、それともウザすぎる執念なのか。そして六兵衛は、作中でいったい何回「人殺し!」と叫ぶのか。その答えは実際に観て確かめるのが一番いい。脱力しながらも、妙に爽快な後味が残るはずだ。
1970年代の映画界を疾走し、40歳という若さでこの世を去った松田優作。いかに格好悪く、泥臭く見せるかに全振りした本作での姿は、令和の視点で振り返るからこそ、いっそう強く胸に残る。
BS12 トゥエルビでは、5週連続で毎週火曜夜7時より「大映映画特集」を放送。2月10日(火)に「ひとごろし」、2月17日(火)に市川雷蔵主演「陸軍中野学校 4Kデジタル修復版」、2月24日(火)に田宮二郎主演の「黒の試走車(テストカー)」、3月3日(火)に「黒の超特急」、3月10日(火)に若尾文子主演「最高殊勲殊勲夫人 4Kデジタル修復版」とラインナップが続く。
◆文=鈴木康道

