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その数3000人以上! 高校球児を取材し続けるスポーツ記者“ユキネー”の原点

その数3000人以上! 高校球児を取材し続けるスポーツ記者“ユキネー”の原点

樫本ゆき氏
村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。今回は高校野球を追い続けているスポーツライターの樫本ゆき氏をインタビュー(前編)。高校野球に対する熱い思いや自身のキャリアについて、たっぷり語っていただいた。

現場の熱量を伝えるための挑戦

今年も間もなく春のセンバツ高校野球の季節がやってくる。日本人の大好きな高校野球を約30年間、書き続けたスポーツライター樫本ゆき。雑誌は約300冊、書籍は『終わらない夏』など15冊に寄稿している実力派の書き手である。

かつては雑誌『輝け! 甲子園の星』の名物記者・通称「ユキネー」の呼び名で高校球児たちに寄り添い、温かい目線で球児の生の声を伝え続けた。その数およそ3000人。高校野球を卒業し、それぞれの道を歩んでいる今も元球児たちは親しみを込めて「ユキネー」と呼ぶ。

そんなユキネーも、現在は50歳を超え、高校野球だけでなく、プロ野球や学生野球、特に大学準硬式、中学野球の「ポニーリーグ」は公式ライターとして密着するなど、活動の範囲を広げ野球の魅力を伝えている。

「基本的には野球の現場を取材してコラムや記事を書くスポーツライターであることは変わらないんですけどね。やっぱり、時代も変わり、世の中がデジタル化していくことと反比例して雑誌の数も減っていくなかで、これまでと同じ仕事を続けていくのか。それとも、何か別の方向へ行くのかという選択が7年ぐらい前にあったんですよ。そのときにね、何があったというわけじゃないんですが、新しいデジタルマスターみたいな人もたくさん出てきたなかで、自分もちょっと考え方を変えなきゃダメだなと思い始めたんですね」

時代や環境が変わろうと、そこにしがみつかず、できるところでできることをやる。それはユキネーがこの30年で培ってきた仕事術である。心の軸が野球にあること、高校野球の現場の声を届けたいという思いは変わらない。

ユキネーが書くことに加え、新たに始めたものがポッドキャストだった。

2021年1月、stand.fmのポッドキャスト『Radio野球バカ言ってる』を起ち上げると、試行錯誤を重ね、1回7分ばかりの番組での一人語りを軸に、現在まで6年で放送回数1078回を数える長寿番組になった。

「きっかけはコロナなんですけどね。取材で得た情報を掲載する場所がなかったから。新たなメディアに挑戦したことは、現場の声を届けるということに加えて、私、話すことが苦手だったんですよ(笑)。吉本興業系のstand.fmは芸人さんがほとんどで、スポーツは本当に少ない。だから最初は全然、反響なんかない。野球もスポーツも興味ない人ばかりの中でやっていると、野球って本当は人気ないんだなって実感させられます。だから、私は収益化とかは考えずに、まずは“聞いてもらえる人を増やすこと”を目標に続けていくことにしたんですね。最初の頃は誰も聞いていないから、ちょうどいいしゃべりの自主練の場所と割り切ってね(笑)。それで3年経ち、5年経ちで、徐々に反響が出てきた。今はフォロワーさんが1523人になって、SPP(Stand.fm Partner Program)という有力配信者に認定されました。何よりも会ったこともないリスナーさんと声でつながれるというこれまでなかった不思議な関係を築けていますし、今の私には記事と同じように一つの作品だと思えるようになりました」【死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ

人生を変えた高校野球雑誌との出会い

雑誌『輝け! 甲子園の星』
“継続は力なり”を地で行くニューメディアへの挑戦。しかも、これまで当たり前のように野球が求められていた場所とは180度違う、誰も野球に興味のない場所でのゼロからの積み上げは年齢が行けば行くほど難しくなる壮年世代の、別世界への挑戦に手本を示してくれるようだ。

「私は、ずっとそういう環境で仕事をしてきましたからね。結婚してから26年が経つんですけど、夫が転勤族なのでこれまでに10回も引っ越しをしているんです。東京は4回で、あとは熊本、福岡、横浜、仙台、水戸…こうなると自分どうこうじゃなくなってきますよね(笑)。だから、その土地土地でやれることを探して一から始める。また引っ越ししたら、別の土地で積み上げ直す。その繰り返しですよ。でも幸いなことに、私には高校野球があった。プロ野球の本拠地は11都市しかないけど、高校野球は全国47都道府県にあるんです。それに水戸に行ったときは飛田穂洲という“学生野球の父”の出身地だったりで、調べてみたらハマっちゃったりね。行けば行ったで味わい深く、面白いテーマが見つかったり、つまりそれだけ野球はこの国に根付いているんだなぁという実感もあったんですね」

行動の発露は野球を届けたいという情熱。そして「頑張っている人を知ってほしい」という子供の頃からのささやかな願いだった。

“ユキネー”が「ユキネーになろう」と決めたのは中学生の頃にまで遡る。

出会いはその後、自身が務めることになる一冊の雑誌だった。日刊スポーツ出版社が発行する『輝け! 甲子園の星』。甲子園の試合や注目選手を紹介する高校球児のバイブル。創刊は1975年と日本で一番古い高校野球雑誌である。

’87年。立浪和義、野村弘樹らを擁するPL学園が春夏連覇を遂げたあの年の甲子園。球児たちのその後を記した雑誌に、中学3年生だったユキネーは一目見て心を奪われてしまう。そして、すぐに誓うのだった。

「なんだこれは!? ですよ。そして、すぐに『この雑誌で働きたい!』と思うようになりました。まさに、運命の出会いだったと思います」

(中編へ続く)

取材・文/村瀬秀信

「週刊実話」2月19日号より

配信元: 週刊実話WEB

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