ピンクレディー『UFO』作詞:阿久悠/作曲:都倉俊一編曲:都倉俊一 1977年12月5日発売
キャンディーズを抑えて3回連続1位をキープ
久米宏が亡くなりました。命日は元日。派手で賑やかだった氏にぴったりという感じがします。
さて、『週刊歌謡実話』的に久米宏といえば、何といってもTBS系『ザ・ベストテン』でしょう。
1978年の番組開始から’85年まで、番組の初期、つまりは黄金期の司会者でした。黒柳徹子との当意即妙なやり取りが忘れられないという人も多いはず。もちろん私も。
今回は、そんな『ザ・ベストテン』の初回(’78年1月19日)、1位に輝いた『UFO』です。
▼1位:ピンク・レディー『UFO』
▼2位:キャンディーズ『わな』
▼3位:桜田淳子『しあわせ芝居』
▼4位:中島みゆき『わかれうた』
▼5位:郷ひろみ『禁猟区』
▼6位:沢田研二『憎みきれないろくでなし』
▼7位:西城秀樹『ブーツをぬいで朝食を』
▼8位:狩人『若き旅人』
▼9位:清水健太郎『泣き虫』
▼10位:野口五郎『風の駅』
ちなみに『UFO』は、初回含めて3回連続1位をキープした後、第4回で西城秀樹『ブーツをぬいで朝食を』に1位を奪われるのですが。
【スージー鈴木の週刊歌謡実話】アーカイブ
ピンク・レディー人気低迷の理由
さて。『ザ・ベストテン』初回が放送された’78年の1月ごろは「ピンク・レディー旋風」がびゅんびゅん最高瞬間風速で吹き荒れていた頃でした。
『UFO』は、ピンク・レディーの最高売り上げシングルでもあります。その枚数、何と約155万枚。そして彼女たちは、この『UFO』で’78年の日本レコード大賞に輝くのです。
ですが、すべてのブームには終わりがあります。何事にも永遠はない。
『UFO』を頂点として、シングルの売り上げは、崖から転げ落ちるようにだだ下がり。『UFO』リリースからちょうど1年後(’78年12月5日)に発売されたシングル『カメレオン・アーミー』は約70万枚と半減(彼女たちの最後の1位曲)。『UFO』からちょうど2年後の『DO YOUR BEST』なんて、たったの約5万枚(36位)止まり。
’78年、レコ大受賞後のNHK紅白歌合戦「ボイコット」や、’79年の「アメリカ進出」なども、日本国内のヒットチャート的には、裏目に出たように思います。これほど劇的な乱高下は、歌謡曲史上、例を見ないものと言っていいでしょう。
対して『ザ・ベストテン』のピーク=最高視聴率は、’81年9月17日放送回。その数字たるや、何と41.9%(ビデオリサーチ/関東)。
そしてピンク・レディーよりは、なだらかに高度を下げていき、番組開始から11年後の’89年に番組終了。
今から考えると、番組人気が低迷していった理由としては、’85年の久米宏離脱が、いちばん大きかったように思います。そして今年元日の逝去。何事にも永遠はないということを思い知らされます。
久米宏と『ザ・ベストテン』に合掌。
「週刊実話」2月19日号より
スージー鈴木/音楽評論家
1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。
