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映画ファンを茶化す ヨルゴス・ランティモス監督新作『ブゴニア』(vol.82)

映画ファンを茶化す ヨルゴス・ランティモス監督新作『ブゴニア』(vol.82)

第98回アカデミー賞で作品賞を含む4部門にノミネートされた奇才ヨルゴス・ランティモス監督作品『ブゴニア』。このSFスリラーはエマ・ストーンが髪を剃り落として体当たりした世にも不思議な物語。批評家絶賛、全米拡大公開初週末は約480万ドル(累計は約580万ドル)と、これまでのヨルゴス作品の記録を抜くほど、関心が高かった作品。常に独特のビジュアルと奇想天外ながら、深い人間関係のドラマで定評があるランティモス監督作品。この痛快コメディは社会風刺を超えたディープスペースに我々を導いてくれる。

非情な女社長の正体は人間 ? それとも宇宙人 !?

監督の前作『哀れなるものたち』は、アカデミー賞で11部門ノミネートされ、主演のエマ・ストーンの主演女優賞をはじめ、プロダクション・デザイン他の4部門で受賞。作品賞のプロデューサーとしても参加していたエマ・ストーンは現在、自らのプロダクション会社Fruit Tree で、より彼女に適した作品選びに余念がない。今年も『ブゴニア』の情熱的な演技で主演しているエマ・ストーンは主演女優賞ノミネート入りを果たしている。ランティモス監督とのタッグはこれで5回目。エマ・ストーンが演じる社長ミシェル・フーラーは、表向きは社員を重んじる巨大製薬会社の女社長。

赤い靴底で有名なクリチャン・ルブタンのハイヒールに、黒皮をなめしたサン・ローランのバッグ。カルチエの時計にアレキサンダー・マックイーン のジャケットと、ハイファッションを極めた装いは、コスチューム・デザイナー、ジェニファー・ジョンソンがあしらえたファッション。光沢のあるケアの行き届いたヘアスタイルと肌は、誘拐犯によってズタズタに剥がされていく。

誘拐犯のリーダー、テディがミシェルを誘拐した最大の理由は、ミシェルは女社長の仮面を被った宇宙人スパイで、地球を侵略するために環境を汚染し、故意に人間を貶めているということなのだ。「地球から手を引け」という要求に対し、ミシェルは戸惑いながらも泣き叫ぶことはなく、冷静に自ら置かれたシチュエーションを把握。「私は宇宙人じゃないから解放しなさい!」と女社長の商談かのような強気の交渉に入っていく。

エマ・ストーンの髪を剃るシーンはワンテイク。ランティモス監督との信頼関係の中で構築された新たなルックスは髪だけでなく、体までもローションを塗りたくられ、宇宙人パワーをブロックするためだと誘拐犯テディに従う姿はけなげ。しかし、残虐ともいえる誘拐犯の行為に立ち向かうミシェルは、どこか感情が欠けていて、もしかして本当に彼女は宇宙人なのかと、観客は誘拐犯側の言い分に肩入れしはじめる。何が正しいのか分からなくなっていくところが、ランティモス監督映画のおいしい味付けとなってうまみが増していく。

狂人を産む社会

ジェーン・キャンピオン監督作品『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021) で、実の妻のクリスティン・ダンストとともに夫婦役を演じ、夫婦で第94回アカデミー賞で助演男優、女優賞にノミネートされていた俳優ジェシー・プレモンス。天才的に七変化できる演技派俳優で、彼が演じるテディは冒頭で自転車通勤。哲学的な観点で自らの環境を自閉スペクトラム症のいとこドンにやさしく説明し、自らの不幸のはじまりは、現在の環境問題からはじまっていることを疑わない。ある意味、悪い世の中を良くしたい一心に固執する、血が通った人間。製薬会社のオピオイド実験で実母が昏睡状態に陥り、その製造元の女社長ミシェルが悪の根源という結論にたどりつくテディ。どんなにもがいても、世の中の仕組みは変わらず、その頂点に立つものを抹消しないかぎり、世の中は変わらないという終着点が、彼を狂人化していく。

映画『ブゴニア』は、韓国映画『地球を守れ!』(2003) を元に製作。チャン・ジュナン監督映画は低予算のインディ映画で、「この話を聞いたら、ぼくの気が狂っているとおもうでしょう」というナレーションで始まる導入は観客を釘つけにする。45歳の医薬品会社の男社長は、贅沢好きな妻と甘やかされた子供など、その傲慢な面の姿とは別に、彼は地球を滅ぼすために宇宙のアンドロメダから贈られてきた異星人であると断言。皆既月食にアンドロメダ星人の王がやってくるまえに、「地球を救わなくてはならない! 」と夫婦で涙ながらに抱き合うシーンは笑えるのだが、主人公たちはあくまでも真剣。

この韓国映画の脚本を脚色したのが『メディア王〜華麗なる一族』(2018~) の大ヒットシリーズやアニア・テイラーージョイ主演映画『ザ・メニュー』(2022) の共同脚本を手がけた脚本家ウィル・トレイシー。『地球を守れ!』の夫婦役をテディと従順ないとこという男同士に変更。製薬会社の狡猾な社長を、女社長に変更して脚色。

パンデミックの頃に書き下ろし、エグゼクティブ・プロデューサーとしても関わった『エディントンへようこそ』(2025) のアリ・アスター監督へ持ち寄ったことが事の始まり。プロデュースはアリ・アスター他、CJグループで、『パラサイト 半地下の家族』(2019)、『スノー・ピアサー』(2013) のミッキー・リーが製作。ヨルゴス・ランティモス監督はこの脚本を依頼された際、韓国映画の前提は、理性的な人間らしさと相反する、本能的な人間性を描いていたところに魅力を感じたのだそうだ。ランティモス監督は、我々の周辺でおこっている様々な社会問題は、韓国映画が描いた当時よりエスカレートしていて、最悪な方向にすすんでいる点で、リメイクする価値があると監督を引き受けたのだそうだ。ランティモス監督の手腕の中、陰謀説を唱える主人公たちに共感してしまうプロットは、含蓄に富んでいる。

今年のアカデミー賞脚色賞にノミネートされているウィル・トレイシーは、SF映画と風刺劇をブレンドし、主人公たちのイデオロギー、社会的な価値観の戦いを中心にこの映画を脚色していったのだそうだ。人質ドラマというアクションシーン以上に、言葉上のやりとりが繰り広げられる心理劇は、ランティモス監督との信頼関係の熱い2人の俳優たちによって、新たなシネマの境地へと我々を誘ってくれる。

文 / 宮国訪香子

作品情報 映画『ブゴニア』

人気絶頂のカリスマ経営者として脚光を浴びるミシェルが、何者かによって誘拐された。犯人は、ミシェルがCEOを務める会社の末端社員のテディと、彼の従弟のドンの2人組。陰謀論に心酔する2人は、ミシェルが地球を侵略しにきた宇宙人だと信じ込み、彼女に今すぐ地球から手を引くよう要求してくる。彼らの馬鹿げた要望を一蹴するミシェルだが、状況は思わぬ方向へと加速していき、荒唐無稽かに思えた誘拐劇は誰も予想しえなかった衝撃の終末へと突き進んでいく。

監督:ヨルゴス・ランティモス

出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス

配給:ギャガ

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

2026年2月13日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

配信元: otocoto

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