
オーストラリア国立大学(ANU)の最新研究で、人種差別的な思考を持つ人は、時間をかけて自らの心を壊していく可能性が示されました。
研究では、ヘイト的な思考を持つ人ほど、数カ月後に不安や抑うつが悪化しやすいことが明らかになったのです。
「ヘイトは他者を傷つけるだけでなく、持つ本人の心もむしばんでいく」
そんな事実がデータによって示されました。
研究の詳細は2025年11月3日付で学術誌『Comprehensive Psychiatry』に掲載されています。
目次
- 「心の病気が原因」という説明は本当に正しいのか
- 時間を追うと見えてきた「ヘイト→心の悪化」という流れ
「心の病気が原因」という説明は本当に正しいのか
これまで、極端な差別や偏見については「精神的に不安定な人が抱きやすい」という説明が広く流布してきました。
つまり、「心が疲弊しきっているから、人種差別的なヘイト思考を持ってしまう」という考えです。
しかし研究チームは、この見方には二つの問題があると指摘します。
第一に、実際の予測力が弱いこと。
第二に、偏見を持たない大多数の精神疾患の人々を不当にスティグマ化してしまう(=偏見のレッテルを貼ってしまう)危険があることです。
そこで研究者たちは、発想を逆転させました。
「偏見を持つこと自体が、本人のメンタルヘルスをむしばんでいるのではないか」
さらに、社会的孤立という第三の要因が、偏見と心の不調の両方を生み出している可能性にも注目しました。
時間を追うと見えてきた「ヘイト→心の悪化」という流れ
チームは、オーストラリアで行われた3つの大規模な縦断調査を分析しました。
縦断研究とは、同じ人々を複数の時点で追跡する手法で、因果関係の方向性を検討するのに適しています。
その結果、興味深いことが分かりました。
ある一時点だけを見ると、差別的態度と心理的苦痛の関係は弱く、一貫していなかったのです。
つまり、「心の不調な人ほど差別的になる」とは言えませんでした。
ところが時間の流れを考慮すると、様相は一変します。
人種差別的な考えが強まった人ほど、その後に不安や抑うつが悪化していたのです。
特に印象的だったのは、新型コロナウイルス流行初期の調査でした。
この研究では、6カ月の間にヘイト的態度が強まった人ほど、精神的なつらさが増していました。
また別の調査では、社会全体のメンタルヘルスが改善傾向にある中でも、差別意識が強い人ほど回復が遅れることが示されました。
さらに重要なのが「社会的つながり」の役割です。
孤独感や疎外感が強まった人ほど、偏見も心理的苦痛も同時に悪化していました。
統計的に社会的つながりを考慮すると、ヘイトと心の不調の直接的な関連が弱まる場合もありました。
研究者たちは、「排除されている感覚」こそが、偏見とメンタルヘルス低下の共通の原因である可能性を指摘しています。
ヘイトの刃は「自分の心」に刺さるもの
研究者によれば、偏見的な思考は本質的に「脅威」を伴います。
他集団を自分の安全や文化、資源への危険として捉え続けることで、心は常に警戒状態に置かれます。
この慢性的な緊張が、不安や抑うつを静かに蓄積させていくと考えられます。
今回の研究が示すのは、ヘイトは社会問題であると同時に、ヘイト思考を持つ本人のメンタルヘルスを蝕むリスク要因でもあるという事実です。
心のケアだけでは偏見は減らず、偏見を放置すれば心もすり減っていく。
だからこそ研究者たちは、社会的つながりや包摂を高める取り組みの重要性を強調します。
参考文献
Holding racist attitudes predicts increased psychological distress over time
https://www.psypost.org/holding-racist-attitudes-predicts-increased-psychological-distress-over-time/
元論文
What goes around comes around? Holding racist attitudes predicts increased psychological distress over time
https://doi.org/10.1016/j.comppsych.2025.152644
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

