普天間基地の移設問題で迷走
麻生太郎内閣は平成21(2009)年8月30日の衆院選で惨敗を喫し、自民党は大勝した民主党に政権を譲ることになった。
民主党は国民新党、社会民主党との連立政権を成立させ、首相には鳩山一郎元首相の孫で、清新のイメージで支持を集めていた鳩山由紀夫が就任した。幹事長は同じく民主党の小沢一郎で、戦後日本で初めての、選挙で圧勝したことによる明確な政権交代であった。
その鳩山政権は「政治主導」を掲げ、事務次官等会議の廃止、各省における政務3役(大臣、副大臣、政務官)によるリーダーシップの確立など、政策決定や政権運営において官僚を排除する方針で臨んだ。
官僚支配を打破し、機動的かつ総合的な政策決定を行うため、国家戦略、行政刷新という2つの大臣ポストを新たに設置した。
しかし、「行政の無駄遣いをなくせば大きな財源が出てくる」とした行政刷新会議は、大々的に“事業仕分け”を実施したものの思いのほか成果を上げられず、政権発足から4カ月ほどで国民の間には早くも失望感が広がっていった。
一方で首相の鳩山は、自民党政権が日米合意に基づき、地元と何とか調整していた沖縄県の米軍普天間基地の移設問題について、一転、「県外移設を目指す」と宣言した。
しかし、基地の完全撤去への期待を高めはしたが、肝心の受け入れを表明するところはなく、アメリカが県外移設に難色を示したことで、この案件は“迷走状態”となり、鳩山は窮地に陥った。
悪いことは重なるもので、その後、実母も含め寄付者70人の約8割が、鳩山の資金管理団体に偽装献金していた疑惑が指摘され、マスコミから総攻撃を食らった。
また、政権ナンバー2の小沢にも「政治とカネ」の疑惑が持ち上がり、社民党は嫌気がさして連立政権から離脱。追い詰められた鳩山は記者会見も行わず、就任から1年も持たず退陣に追い込まれた。
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異色の首相を生んだ「OR的思考」の正体
さて、そうした鳩山とは、どんな人物なのか。端的に言えば、政治家としては類いまれなキャラクターの持ち主である。
鳩山の政治家としてのリーダーシップは、歴代首相とは異なり、なんとも変わっていた。その一つが「政治を科学する」といった発想で、鳩山は衆院選に初出馬した際の演説で、これを臆面もなく前面に出し、ために「それはなんのこっちゃ?」と、いささか混乱した聴衆も少なくなかった。
その真意は、これまでのような「数」に頼った政治力学、官僚との馴れ合いを排して、政治家自らが合理的に分析して、意思決定すべきということであった。
こうした斬新な発想は、もともと鳩山が学者の道を目指し、東京大学工学部で学ぶとともに米国のスタンフォード大学に留学、ここで「問題解決学」(OR=オペレーション・リサーチ)の研究にのめり込んだことに、原点があるようだった。ORとは、簡略に言えば効率よく全体を動かすために、数学的な方法を用いて分析することである。
鳩山は以前、同志社大学文化情報学部の客員教授を務めていたが、その特別講義で学生に「OR的思考」を問うたことがあった。
例えば、この講義について雑誌『AERA』(平成21年9月7日号/朝日新聞出版)が、おおむね次のように紹介している。
鳩山の設問は、「10人の女性と順番に見合いをすると仮定し、そのなかで一番素晴らしい人にプロポーズできる確率を最大とするには、どのような順番で会ったらいいか」というものだった。この場合、前にお見合いして断った人には、もうプロポーズできない。そのうえで鳩山の解答は、以下のようであった。
「3人目までは目をつぶって見送り、4人目以降の見合いで〝この人〟と思う人にプロポーズすれば、一番素晴らしい人に巡り会える確率が高くなる」
どういうことなのか。1人目で決めてしまう、あるいは最後の1人まで待つと、当然、一番素晴らしい人に出会う確率は1割しかない。しかし、まず3人を見送れば、一番素晴らしい人に出会う確率が上がるとしたのである。
