スタジオパーソルが運営するYouTubeでは、さまざまなはたらく人の履歴書から「私らしいはたらき方」について深掘りインタビューを行っています。
今回密着したのは、実業家・ローランドさんです。「俺か、俺以外か」など数々の名言が話題となり、“ホスト界の帝王”としてブレイク。彼は現在、ホストクラブや脱毛サロン、飲食店など複数の事業を展開しています。
ローランドさんのキャリアは一見華やかに見えますが、その道のりには数々の挫折や転機がありました。その逆境をどのように乗り越えてきたのか、ローランドさんが語る力強い言葉の中には、私たちが自分らしくはたらくためのヒントが詰まっています。
※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画一部を抜粋・編集してお届けします
「神童」と呼ばれた少年が入学式で中退を決めた理由

小学生のころのローランドさんはサッカー少年でした。「プロのサッカー選手になるのが夢。逆に言うと、それ以外はあまり興味がなかった」と当時を振り返ります。
その実力は「神童」と呼ばれるほどで、地元では敵なしの存在だったと言います。しかし、中学校に入学してJリーグクラブの育成組織に入ると、状況は一変しました。全国から集まった才能ある選手たちとプレーする中で、「自分よりうまいやつがいる」と気付きます。
その後、サッカーの名門として知られる帝京高校でプレーを続けるも、周囲のレベルに付いていけず三軍へ降格。事実上、プロへの道は閉ざされていきます。
「今までやってきたことって意味がなかったのかな、と。本当に複雑な気持ちでした」
プロサッカー選手という夢を抱き、ひたすらボールを追いかけてきた日々。その夢をあきらめたローランドさんは、流されるように帝京大学へ進学します。周囲も「大学進学は当然」という雰囲気で、進学以外の選択肢など思いもつかなかったと言います。

そうして迎えた入学式当日。ローランドさんは、急に焦燥感に駆られ始めました。
「この先には、興味のない授業を受け、やりたいわけでもない仕事をして、固定給をもらいながら定年まではたらく人生が待っている。そんな光景が浮かんできて急に怖くなったんです。よく“先が見えないと怖い”って言うじゃないですか。でも俺は、“先が見えるほうが怖い”と思ってしまって」
居ても立っても居られず、ローランドさんは入学式当日のうちに大学を中退したのです。
一発逆転を目指しホストの世界に。「焼きそばパン」と呼ばれた日々
中退を決断した後は特にやることもなく、毎日ジムに通っては公園でボーッとすごす日々が続きました。そして1〜2週間ほど経った4月のある日、桜が散り始めた公園で、ローランドさんは決意します。
「散っていく桜を見て、ふと思ったんです。俺、ダラダラと長く咲くより、一瞬でもいいからかっこよく咲いてパッと散りてぇなって」

頭に浮かんだのは、プロとして活躍する高校時代のサッカー仲間たちの姿。
「テレビをつけると同い年の高卒の選手がキャーキャー言われている。あいつらよりキャーキャー言われる方法って何かあるか?そう考えたとき、テレビ番組で見たホストの特集を思い出して。学歴も資格も必要ない、一発逆転の仕事だと思いました」
親に「伝説のホストになる」と告げると、当然のように猛反対されます。それでもローランドさんは、「別に両親の人生じゃない。俺の人生だ」と、翌日には歌舞伎町へ向かったのです。
一発逆転を賭けて飛び込んだホストの世界。しかし、初日から現実に打ちのめされることになります。

帝京大学出身のお客さまを見つけ、「俺も帝京高校でした!」と親しみを込めて話しかけたものの、「ああ、そうなんだ。それで?」と素っ気なくあしらわれます。
女性との会話が苦手で、未成年だからお酒も飲めない。売り上げに貢献できないローランドさんは、お店を盛り上げるために先輩から焼きそばパンの早食いを命じられ、「焼きそばパン」というあだ名で呼ばれるようになりました。
状況は好転せず、1~2年ほど鳴かず飛ばずの日々。家賃6万円、エアコンのないアパート暮らし。給料は低く、家賃と携帯代を払うと手元には何も残らない生活が続きました。
「やばい。大丈夫か、俺……」
すべてを捨てて「伝説のホスト」になると宣言してきたのに、現実はあまりに惨めでした。

