毎年1月に、世界の主要映画祭の中でもトップバッターとして、また世界的に最も実験的な映画が紹介される映画祭として独自の地位を確立しているオランダ・ロッテルダム国際映画祭。国土の4分の1が海面下の低地にあり、地理面積がほぼ日本の九州と同じで、人口が約1,800万人弱(2024年、IMF調べ)というオランダ。1598年に、この国の一港町であるロッテルダムを出航したオランダ船デ・リーフデ号が、1600年に日本に初めて漂着、その後交易が許された数少ない欧州勢力として日蘭の特別な友好関係が始まり、江戸時代以降の日本の歴史は大きく変わっていった。そんな日本人にとっては馴染みの深いロッテルダムという地で、今年55回目を迎える映画祭は、今年も特筆すべきいろんな色を放っていた。
スイスを拠点にエンターテインメントの魅力を発信している高松美由紀が、世界の様々な映画事情などを綴る『映画紀行』。今回は、日本との関係が深いオランダで開催されたロッテルダム国際映画祭の魅力をご紹介。また、今回は筆者が本映画祭に付随している、とある賞の審査員として参加した体験談も語りたいと思います。
メインストリームから実験映画まで
世界の映画人たちが年始めの肩慣らしとして集まる映画祭が、1月にアメリカのユタ州で開催されるサンダンス国際映画祭と、このロッテルダム国際映画祭である。そのうちの一つ、ロッテルダム国際映画祭は、世界で最もエッジの効いた新作を世界に発信し続けてきた映画祭であり、同時に毎年3月に開催される米国アカデミー賞の授賞式にノミネーションされている注目作品も、ヨーロッパで最後の賞レース・キャンペーンの一環として、このロッテルダムで積極的に上映され続けている。本映画祭は1972年に設立、新人監督の登竜門として位置付けられており、実験的な作品も重視しており、アジア映画の紹介にも積極的、特に日本映画に関しては商業映画から実験的映画、クラシック作品など、毎年多彩なラインアップを輩出しているため、2月に開催されるベルリン国際映画祭には行かずともロッテルダムには参加して新作映画を吟味する映画バイヤー達も多くいる。また、タイガー・コンペティション部門というメインの賞レース以外にも様々な部門に分かれており、毎年平均して600本近い作品が上映、約30万人という動員数を誇り、その規模はカンヌやヴェネチアなどよりもスケールが大きく文字通りヨーロッパ最大の映画祭である。
映画祭会場の一つ、Lantaren Venster。比較的新しい文化施設
映画祭のシンボルは虎。そのため、本映画祭の最高賞である最優秀作品賞は「タイガー・アワード」と呼ばれ、長編作品と短編作品にそれぞれ授与している。また、その他にも「ビッグ・スクリーン・アワード」や「観客賞」、世界の映画批評家および映画ジャーナリスト達の会員から審査員を選出して<映画文化の推進と発展、および職業的利益の保護のために>最優秀作品を選ぶ「国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞」、筆者も今年審査員として選考に関わった「NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)」などの賞がある。出品作品は毎年、メッセージ性の強い反商業映画なども含まれているため、クロージングの授賞式では、その時代ごとに世界で勃発している政治的情勢が浮き彫りになることが多く、他の主要映画祭とはまた異なる”胸熱な”メッセージで映画祭を締めくくることも多い。
今年の主な受賞結果としては、「ビッグ・スクリーン・アワード」に2024 年<バングラディッシュの7月革命>と言われたシェイク・ハシナ首相のもと15年続いた独裁政治の解体に揺れる地方のある教師のドラマを描いた『Master』( Rezwan Shahriar Sumit監督)。「タイガー・アワード (長編)」は南アフリカ&オランダ&カタールの共同で製作された、南アフリカのとある村で老年のヤギ飼いが第二次世界大戦退役軍人の賠償金を待ちながら生きる難しさを描いた『Variations on a Theme』(Jason Jacobs監督、 Devon Delmar監督)。観客賞は『I Swear』(Kirk Jones監督)という、1980年代にスコットランドの小さな町を舞台にトゥレット症候群を抱えながらもやがてイギリスで先駆的な活動家になっていく一人の男性の実話を描いた作品が受賞。なお、今年のクロージング・セレモニーでは、一部のイランの映画人や文化人らが政府に不当に拘束されている現状を憂いた審査員の一人が詩を朗読し、 表現の自由、個人の尊厳を静かに訴える場面もあった。
企画開発の人材リクルートや資金調達の商談を行う、映画祭併設のCineMart
今年も日本映画の魅力が爆発
過去、是枝裕和監督、三池崇史監督、黒沢清監督ら、世界的に有名な日本の監督たちを含めて、数多くの新人&ベテランの映画人達が、このロッテルダムをこよなく愛し、映画祭に参加してきた。そして、今年もやはり日本映画が数多く上映され、その魅力が爆発していた。細田守監督作『果てしなきスカーレット』、STUDIO4℃最新作の長編アニメーション映画『ChaO』(青木康浩監督)、昨年スマッシュヒットを記録した二宮和也主演映画『8番出口』(川村元気監督)、「ペリリュー島の戦い」を描いたアニメーション映画『ペリリュー 楽園のゲルニカ』(久慈悟郎監督)、山田洋次監督作の『TOKYOタクシー』、松井良彦監督が18年ぶりにメガホンを取り原発をテーマに描いた『こんな事があった』、介護する母親から沸き出す怪奇現象を描いたホラー『遺愛』(酒井善三監督)、『Lone Samurai』(ジョシュ・C・ウォーラー監督)に主演の尚玄らもロッテルダム入り、その他短編&中編部門にも『幽霊の日記』(針谷大吾氏監督、小林洋介監督)、『ハッピー⭐︎eyescream』(岡田詩歌監督)、『幽明の虫』(川添彩監督)、『魂』(シライシ・アシマ監督、ジェス・X・スノー監督)など、例年にないバラエティ豊かなラインアップとなっており、その多くの上映がほぼ満席に近い来場者数を記録するなど、注目度が高かった。
そして、今年の目玉企画としては、ロッテルダムが独自のリサーチと上映素材のかき集めを約3年間行い、満を持して実現した「Focus: V-cinema」という日本のVシネマ特集であった。本企画のキュレーターであるロッテルダムのベテラン映画人トム・メスが司会を務め”Vシネマ界の神”として紹介された大川俊道監督と“Jホラー界のパイオニア”として鶴田法男監督のお二人の登壇で特別トークも開催された。
鶴田法男監督、大川俊道監督
大川監督が世良公則主演で手がけた金字塔的なVシネマ作品『クライムハンター』シリーズ(1989~) がリリースされた当時を振り返った。“なぜVシネマが日本で量産されていたのか”、“殺人的なスケジュールで製作現場をこなしていた当時、いかに手法を凝らして独自の映像を作り出していったのか”、“今では”Vシネマの帝王”と言われる竹内力のデビュー当時の現場での様子”、“予算がタイトなあまり小道具一つに対しても現場で喧嘩が起きるほどの状況”など、まさに今の日本映画のルーツになっている貴重な体験談に、来場者は目を輝かせていた。
トークショーでは鶴田監督が、「Vシネマという歴史がなければ、三池崇史、中田秀夫、清水崇、黒沢清の才能も開花していなかっただろう」と断言、まさに日本映画を支えてきたVシネマの存在価値を明確に発信していた。
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