北方謙三による歴史小説『水滸伝』。その実写版ドラマが2月15日からWOWOW・Leminoにて放送・配信される『水滸伝』を含む「大水滸シリーズ」は累計1160万部を突破、その他にも『チンギス紀』、『三国志』などを著し、歴史大長編のイメージの強い北方。しかしキャリアの始めから歴史小説を書いてきたわけではない。
北方の『三国志』に衝撃を受けたというニッポン放送アナウンサー・箱崎みどりがキャリアや創作活動について話を聞いた。
『水滸伝』、『三国志』であろうと、日本人を書いている
――そもそもハードボイルド小説を書かれていた北方先生が、歴史小説を書き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
歴史に最初に触れたのは、1980年代の終わりだと思う。ハードボイルドを書いていると煮詰まっちゃうの。日本では拳銃ひとつとっても簡単に手に入れられない。「拳銃を手に入れて誰かを撃つ」ってだけで1冊書けちゃうくらい。
そこで「歴史だ」って。時代をさかのぼって歴史に場を借りようと思って、80年代後半から勉強しながら歴史小説を書くようになった。
――初めは日本史でした。
初めに南北朝時代、次に江戸時代の話を書いていたんだけど、ある日、懲役に行く角川春樹※1に呼び出されたんだ。
角川春樹に「俺が懲役に行っている間も会社は食っていかなきゃいけない」と言われて、「とりあえず三国志を書け。3ヶ月後に出す」と言われた。
――三国志については当時詳しかったのですか?
いや、その時は魏・呉・蜀さえ知らなかった。吉川英治『三国志』はその後に読んだ。あまりに恥ずかしいから、「吉川英治は読んでた」って言ったかもしれない。
――過去のインタビューではそうおっしゃっていました。
言ったかもしれないけど、まともに読んでなかったね。『水滸伝』もよく知らなかった。
――当時、史書をベースにしたというのが革命的でした。※2
俺は史書を読んで、一応事実関係を把握したよ。そこから『三国志』を1ヶ月で1冊書いたんだよ。死にそうだったね。
しばらくしたら、角川春樹が本当に懲役に行くことになった。「行ってくるぞ。20巻くらい書いといてくれ」って。
俺は「約束したくない」って言ったのに、彼は「いま自由の身でいる俺の目の前で約束しろ、2ヶ月に1冊、書き下ろしを書け」って言ったわけよ。当時他の仕事もしてるしね、冗談じゃないって思ったよ。
――漢(おとこ)と漢の約束ですね。
「お前はこれを書いたら世界が広がる」と言われたことを覚えてるね。
書いてみなきゃ分かんないけど、広がりそうな気がした。それで「書くよ」って言って。だめだったら、また江戸時代に戻って人を斬ってりゃよいかなと思ってさ。
そしたら3巻くらいまで出したころに、角川春樹事務所の編集者が震えているわけ。「どうしたの?」って聞いたら「部数が」って。
最初はずっと、わずかな部数だったんですよ、2万5千とかね。それが、あっという間に第1巻は5万を超えて、6万を超えて。本当に売れたんです。
――その後『水滸伝』を書くわけですが、『水滸伝』の原典もその時に初めてお読みになったんですか?
うん。原典では梁山泊に108人が勢ぞろいするまで1人も死なないで、そろったら次々と櫛の歯が欠けるように死ぬんだよ。しかも、反乱を抑える官軍になる。そんな馬鹿な話はないだろう。だからすぐに俺のものにできた。自由だったね『水滸伝』を書いてる時は。
私は、『三国志』であろうと、『水滸伝』であろうと、日本を書いて日本人を書いてます。「日本人の感覚を持ってるやつが、中国人の顔をして殺し合いとかしてる」そういう風に書かないと、現代では受け入れられない。だから俺は自分の『水滸伝』を書こうと思ったんだ。
書いてる最中から「楊志(ようし)※3を殺して掟破りー!」とか言われたんだけど「良いぞもっとやれ!」ってやつもいてさ。『水滸伝』も、物凄い増刷がかかったね。
表現とはあらゆる自己表現の集まりである
――先生はたくさん書いてらっしゃる中で、資料も読み込んでいらっしゃいます。
連載当時は死にそうだったよ。『水滸伝』は「小説すばる」の連載なんだけど、4ヶ月で1冊分の原稿用紙500枚書いてくれと言われて。当時は週刊誌や新聞の連載もやってたから、本当に死にそうになりながら頑張った。
――これまで書かれた作品の中で思い入れがある人物は?
私が好きなのは、『三国志』の呂布(りょふ)※4ですよ。
――呂布はとても魅力的でした。ちなみに張飛(ちょうひ)※5も、「酒を飲んであんなに城を取られていたら一緒にいられないだろう」とおっしゃって造形されたのが、とても腑に落ちて。
あのあたりのリアリティを作るのが、現代の小説家の仕事なんですよ。
あるときアメリカに行って40歳ぐらいの女性が経営しているレコード屋でレコードを買ったんだけど。その女性がショートパンツをはいてて、ももに、わーっと毛が生えてる。
その人に「デートしてくれませんか」とか言ったんだけど、全然ダメでさ。それから帰って小説を書いているときに、「衝撃力のある何かないかな」と思ってその女性のことを思い出したんだ。それで、ももの途中ぐらいまで陰毛がバーって生えてるキャラを作ることができた。凄く良かったよ、存在感がものすごく出たしさ。
――張飛の妻、董香(とうこう)※6ですね! フィクションかと思っていたら、現実にモデルがいたんですね。先生のいろんな経験が小説の中に入っているんですね。
小説ってさ、張飛であろうが呂布であろうが俺なんだよ。
カメラマンがレンズを俺に向けるじゃない?「パシャッ」ってシャッターを切った瞬間っていうのは、実は自分を撮ってるんだよ。
それと同じで、表現っていうのは、あらゆる自己表現の集まりなんだ。全員が俺なんだよ。
――全員が先生だとしても、先生の作品では『水滸伝』でもそうですが、登場人物の視点が次々と切り替わっていきます。
もし才能があるとしたらそこだと思う。もう次の章には違う人になって書いているんだ。
史進(ししん)※7が遊郭で襲われるところを書いたとき、普通は逃げるか戦うかするよね。でも史進はさ、ずっと行為を続けてたんだよ。裸で鉄の棒を振り回して外に出てきて。俺はああいう人になりたかった。
――登場人物もリアルですし、展開も新しいですよね。
書いてる奴はいい加減だけど。
でも小説ってほとんど意図はないんだ。書けてしまうんだよ。書けてしまったものの方が良いんだ。意図すると、設計図にそって書くようなものだから。「え、こんなもの書いたの!」っていう方が良い。そうなると、死なせるつもりがなくても死んじゃったりするしさ。
――『水滸伝』で勝手に死んじゃったのって、例えば誰ですか?
最初に死んだのは、阮小五(げんしょうご)※8。軍師として活躍させるはずだったんだ。
――阮小五が死んじゃってびっくりしました。
俺もびっくりしたよ。呉用(ごよう)※9が自分の後継ぎの軍師にしようと思ってたんだ。呉用より遥かに漢らしくて、良い軍師になるだろうと思ったら、呉用より漢になったら死ぬんだよ。呉用みたいな臆病者は死なないんだよ。
――先生の作品は時代の描き方も斬新でした。
俺の小説は、「今は西暦でいうと1400年で、何があって」とは書かない。読んでいると、いつ頃の話か分かるようになっている。日本を舞台にしたものでもね。
それは、歴史を解説するっていうすごい技をやった先輩作家・司馬遼太郎がいるからなんだけどね。司馬さんの小説は半分以上解説で、むしろその解説が面白い。だけどそれは司馬さんがやってしまったから。

