
ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』や舞台『忠臣蔵』などに出演し、『ウルトラマンオメガ』(テレビ東京系)では主演のオオキダソラト役に抜擢されるなど、注目を集める近藤頌利。2月6日(金)には、デビュー10周年を記念した写真集『SOAR』を発売する。そこで、この10年の役者人生を振り返り、俳優としての自身について語ってもらった。
■「当時はおごっていた」若い頃の挫折
――俳優を志したきっかけを教えてください。
テレビが好きだったこともあって、気づいたら俳優になりたいと思っていました。「自分はこの俳優さんのことを知っているけれど、向こうは自分のことを知らない」って、なんだかすごいことだなと幼心に感じていたんです。テレビの中にいる人たちの存在感への憧れが、根本にあったのだと思います。
――俳優を始めてから、事務所の雑用を続けるなど苦労していた時期があったそうですね。
若い頃は、人の言うことを聞かない人間だったんです。学生時代の延長のような気持ちで芸能界に入ってしまって、社会人というものがわかっていなかったんですよね。時間も守らないし、適当に過ごしているときに、クビ寸前になって…。「これじゃいかんな」と自分を変えなきゃと思ったけれど、どうしたら誠実さを認めてもらえるのかわからなくて。
そこで、事務所の掃除や引越しを手伝うようになりました。ほかにも、劇団の小道具の運搬もしましたね。人が嫌がることを進んでするうちに、まわりから感謝してもらえるようになり、やっとオーディションの機会をもらえました。
――俳優をやめようという考えがよぎったことは?
それはなかったです。けれど、あのままだったらクビになっていたと思います。どんなに自信があったとしても、チャンスをもらえないと仕事はありません。仕事がなければ、誰も僕を知らない。当時はなんとかチャンスをつかむために、どんなことでもしようという必死の思いでした。
正直いうと、事務所に入りたての頃は、自分は周りよりも絶対にできるとおごっていた部分があったんです。根拠のない自信だけはあったけれど、目の前に仕事がひとつもないから、何もできない。チャンスさえあれば自分はどうにかできるという気持ちで、雑用も続けていました。でも、チャンスをもらえたからといって、そんなに甘い世界ではなかったですけどね。
――俳優という仕事が本格的にスタートして、ショックを受けた出来事があったのですか?
振り返れば、稽古場に入って周りを見ても「誰も知らないなあ」なんて舐めた態度をとっていたんですよね。でも、いざ周りの俳優さんが稽古を始めると、「すっげー!」と思って。
これが俳優なんだ、とショックを受けました。そのときに鼻を折られましたし、挫折を経験したからこそ、改めて頑張ろうと思うきっかけになりましたね。

■自身が変わるきっかけとなった、演出家との出会い
――どういった挫折があったのでしょうか?
ある演出家さんにものすごく怒られましたね。「全然ダメ」「全然ダメ」の繰り返し。当時は21歳くらいで若かったし、3時間ノンストップで説教されたときは「なんで俺にばっかやねん」と思っていました。
それでもやっぱり俳優をやっていきたいから、悔しい気持ちを演技で返そうと自分を奮い立たせて。それと、その方に「お前は活躍すると思ってる」と何度か言ってもらえていたんです。
――近藤さんに期待していたからこそ厳しく当たっていたのですね。
そうみたいです。光るものがあると思ってくれていたんですって。だから人一倍厳しくしてくれていたんだなと思っていますし、感謝しています。
――その演出家さんからかけられた言葉で、印象深いものはありますか?
「お前は、役者に大事な感受性や気持ちを表現する能力があると思う。けれど、もう少しディテールを大事にして積み重ねていくと、もっとよくなる」と言ってもらえたことが、ずっと心に残っているんです。向こうは酔っ払っていたので、覚えてないと思いますけど(笑)。
それと、「お前はいい奴なのかもしれないけど、役者としては別にいい奴ではない。それはいい役者ではないよ」と言われたことも心に残っていますね。
当時はその言葉が理解できなかったけれど、今ならわかります。いい奴なんていっぱいいるじゃないですか。でも、俳優の世界ではいい奴なんて求められていないんです。どんなにノリがよくて喋りやすい人間でも、芝居ができないんだったら必要ないですからね。相手に気を遣いすぎるのもよくないというか。当時は自分を出せない俳優だったのかなと思います。
――俳優デビュー10周年を迎えますが、特に成長したなと感じるところはありますか?
明確にはないです。この10年間で、きっとだんだんと成長してきたのだと思います。階段を飛ばせたらいいなと思いますが、これまでの経験から、爪一個分でも成長できたらいいなという気持ちで日々努力しています。
役によってアプローチの方法が変わるので、何が成長につながるのかはわかりません。ただ、いろんな役と出会い、演技の引き出しをたくさん見つけていけたらいいなと考えています。得意な役も苦手な役も、やってみないとわからないですし、これからもひとつひとつ向き合いながら、役者を続けていけたらありがたいですね。
――昔はあまり見えていなかった自分を、この10年で客観視できるようになったということでしょうか。
そうなんですかね。でも、あの頃のハングリー精神は忘れたくないです。協調性を持って客観的に自分を見つつ、いい意味でわがままでありたいな、とは思っています。だからこそ、できる努力は全部しなきゃいけないなと。


■俳優を始めた頃の自分が「これが役者か」と思えるような人間に
――俳優というお仕事の楽しさや、やりがいをどこに感じていますか?
考える作業が楽しいですね。役柄のことを考えて台本を読んで、演じる役と向き合っていくのが好きなんです。正解がない仕事なので、トライアンドエラーしながらとにかく一生懸命役について考える。地道な作業だけど、これが結構楽しいんです。
――役作りをしていく過程でどんな工程を踏んでいくのでしょうか?
まずはとにかく覚えること。それと大事なことは、相手の肉声を聞くことですね。ある程度は自分の中で役を作っていくのですが、相手の肉声や、どんなふうに返ってくるのかを聞いて、また考えて、役を完成させていきます。
特に初対面の俳優さんと共演するときは、相手の肉声を聞かないとどうにもならないことが多いんですよね。どんな声なのか、どんな芝居をするのか。現場で合わせながら、役柄をチューニングしていきます。
――役を作っていく過程が楽しいのかなと感じたのですが、元々何か作ることが好きだったんですか?
学生時代は、文化祭などイベントの企画をするのが好きでしたね。俳優やプロデューサーという仕事も、もともと好きな分野なのだと思います。これをやってみようという企画段階から、人を動かして、ここを組んでいこう、と作り上げていくことが面白く感じます。
一人で黙々と作業するよりも、みんなで何かを作っていくことが特に好きです。最近はゴルフが趣味なんですけど、仲間たちとコースを回るからこそ楽しいです。
――そう考えると、俳優は近藤さんにとって天職ですね。
10年役者を続けられていますし…そうでありたいと思っています。やめたいと思ったことは、本当に一度もないんです。いろんな分野に手を出してみようかなと思ったことはありますけど、俳優をやめようとは絶対になりません。俳優を始めた頃の自分が、今の自分を見た時に「これが役者か」と思えるような人間になれていたらいいですね。
――2月6日に俳優デビュー10周年を記念した写真集「SOAR」を発売しましたが、タイトルの「SOAR」にはどんな思いを込めたのでしょうか。
僕がタイトルをつけようとすると「繚乱」とか派手な感じのタイトルになりそうなので、編集さんやマネジャーからいただいた案の中から「SOAR」に決めました。自分のことになると、ネーミングって難しいんですよね。人にあだ名つけるのは得意なんですけど。
「SOAR」は、「舞い上がる」という意味が気に入って付けました。主演を務めた『ウルトラマンオメガ』のように、ウルトラマンが戦い終わった後に飛び立つことともマッチしていると感じたんです。それと、『ウルトラマンオメガ』で僕が演じたのは、オオキダソラトという役です。「SOAR」を並べ替えると「SORA」になるのも、つながりを感じられていいなと思っています。
――初海外となる、マレーシアのカラフルな町並みの中で撮影されたとのことですが、マレーシアロケで印象に残っていることはありますか?
【近藤頌利】4日間ほどの撮影で、街の行きたいところをふらっと歩いて、そこで写真を撮ってもらうことが多かったんです。初めての海外だったので、車がなかなか止まらないことはカルチャーショックでした。信号はたくさんあるのに赤信号でもあまり止まらなくて、車通りが少なくなったタイミングで道路を渡らないといけないのは驚きましたね。
食べ物はカレーやチキンがおいしかったです。日本食と違って彩りは地味なんですけど、どれもおいしくいただきました。それと、土産屋にも行きました。とにかく安かったですね。2000円くらいのステテコを買ったんですが、使いやすくて重宝しています。

撮影=TOYO
取材・文=イワイユウ

