MotoGP日本GPで2025年のMotoGPチャンピオンに輝いたドゥカティのマルク・マルケス。怪我によってキャリアの危機を経験したマルケスは、ミック・ドゥーハンに助けを求めていた。
マルケスとミック・ドゥーハンの絆は、成功と苦痛という一見相反するふたつの要素から生まれた。マルケスが最も追い詰められた、2020年の右腕の負傷から4度の手術を受けて引退の瀬戸際に立たされた時に、同じ経験を持つドゥーハンに助言を求めたのだろう。
2020年のヘレスでの大クラッシュまで、マルケスのキャリアは順風満帆という他無かった。7年間で6度のMotoGPタイトルを獲得し、大クラッシュがあったそのレースですら、後尾から2位まで怒涛の追い上げを見せていた。
栄華を極めていたからこそ、その転落は残酷なモノになり、マルケスにとってもほとんど理解できないモノだったと言える。
そうした状況の中、マルケスは同じような苦難を経験し、乗り越えた相手に答えを求めた。そして、この面でドゥーハンの言葉ほどに重みを感じさせる相手はいないだろう。既に30年以上昔になるが、ドゥーハンもマルケスと同じ様な試練に直面し、それ乗り越えてきたのだ。
「マルクとは回復の間に何度も話をした。ああいう会話ができる相手は世界にそう多くはいない。なぜなら、あのような状況を経験した人間自体が少ないからだ。それがきっと彼の助けになったのだろう」
1992年にキャリア断絶の危機となる怪我を負ったドゥーハンは、そう語った。
当時ドゥーハンはホンダのエースとしてシーズン序盤7戦で5勝と2位2回という圧倒的強さでチャンピオンシップを独走していた。しかしアッセンでクラッシュを喫すると、左足を切断寸前となるほどの大怪我を負ってしまい、快進撃は途絶えた。
ただドゥーハンは諦めずにレースへ舞い戻り、1994年から1998年までの5連覇という偉業を達成。しかしその道のりはマルケスもよく身を持って知る、痛みと犠牲が伴うものだった。
「私のケースとも多くの共通点がある。私もアッセンでのクラッシュ前は支配していたからね」とドゥーハンは続けた。
「回復には数年を要した。マルクを突き動かしたのは走り続けたいという強い欲望であり、それは私と同じだった。彼にはやり残したことがあり、それこそが全力を尽くさせる最大の原動力になっているんだ」
ドゥーハンの言葉の裏には、諦めと強さがある。諦めは”痛みは避けられない”という事実であり、強さとは、その痛みを復活の燃料に変えることだ。多くの人々にとってはキャリアの終わりと思われた出来事が、マルケスとドゥーハンにとっては歴史を書き換えるチャンスとなった。
「精神的に見ても、マルクの成し遂げたことは彼がいかに強いかを示している。数多くの負傷と手術は、人間として自分自身の最も深い部分に向き合わざるを得なくさせるんだ。舞台裏での努力すべてが、なぜ彼が謙虚な人物であるのかを物語っている」
そしてドゥーハンは、2025年のタイトルはマルケスにとって特に大きな意味を持つと結んだ。
「このタイトルはマルクにとって特別に価値あるものになるだろう。何よりも彼が引退寸前まで追い込まれていたからだ。怪我をしていた時間は永遠のように長く、非常に過酷だった。しかし今になって振り返れば、それは耐える価値のあった時間だったと彼も思っているはずだ」

