
日本中の人々を笑わせ、泣かせ、そして深く考えさせた俳優、西田敏行。彼の逝去から早くも一年が経とうとしている。その確かな存在感とどんな役柄にも自身の人間性を投影するかのような演技は、今も多くの人々の記憶に鮮明に残っている。一周忌という節目に彼が残した足跡を辿り、俳優としての真髄と“遺したもの”の意味を改めて考察する。
■西田敏行という俳優の色
西田敏行は、1947年、福島県に生まれた。明治大学在学中から演劇に打ち込み、劇団から俳優としてのキャリアをスタート。彼の名が一躍全国区となったのは、1980年代にはじまった人気シリーズ「池中玄太80キロ」での主演だろう。人情味あふれる通信社のカメラマン・池中玄太を演じ、コミカルな一面と家族を思う真摯な姿でお茶の間の人気者となった。
同作は彼の代名詞の1つとなり、後の「釣りバカ日誌」シリーズへと繋がる西田の“人間味豊かなキャラクター”像を確立することになる。「釣りバカ日誌」シリーズといえば、言わずと知れた日本を代表する人情コメディー映画だ。
両シリーズに共通するのは、西田の人間味あふれる演技。登場人物のキャラクター設定としてではなく、西田の内側からにじみ出るような庶民性、朗らかさ、素直さ、無垢さが多くの人に愛された。
もちろん西田は北野武映画をはじめ、迫力あるヤクザ役などもこなす幅広い演技力を持ち合わせている。舞台出身ということもあって腹から響く声は本職もかくやという説得力があり、「釣りバカ日誌」とのギャップは天と地の差。それでも役のどこかで愛嬌がふと覗くあたりには、西田の隠し切れない内面が表れていると言える。
■「人間」を体現した俳優
彼の演技の真価は、晩年に出演した作品群でさらに深く掘り下げられた。たとえば2015年の映画「マエストロ!」で、解散した名門オーケストラ再建のために現れた謎の指揮者・天道徹三郎を演じた西田。頑固で奇抜、他を顧みないような高圧的な言動と圧倒的な音楽への情熱を持った役柄だが、言動のせいで理解を得られないこともしばしば。
それでも松坂桃李演じる若き劇団員・香坂真一の理解と奔走もあって、諦めかけていた楽団員たちの理解を得て最高の音楽を奏でるに至る。しかし面白いのは、物語の終盤でも天道の頑固おやじっぷりは全く直らない。裏には大きな愛情があることを周囲が理解したことで、誤解を招きかねない言い方を受け入れてもらっている…そんな“許されている”立場だ。
西田はこうした「頑固おやじ」の役柄を演じることが多い。2013年の映画「あさひるばん」では、元高校野球部監督の坂元雷蔵という役柄を演じた。雷蔵はシングルマザーの道を選んだ娘を勘当した頑固おやじで、“病床にある雷蔵の娘・幸子と仲直りさせるために、かつての教え子たちが奔走する”というストーリーの根幹に関わるポジションでもある。
「釣りバカ日誌」シリーズの原作者・やまさき十三がメガホンを取った“精神的続編”とも言える同作だけあって、國村準演じる“あさ”が雷蔵と“釣り勝負”で幸子を許してもらおうとするひと幕も。勝負に応じるということからわかるとおり、雷蔵は幸子を許すきっかけを探している。「マエストロ!」と同じ頑固おやじでありながら、通り一遍の“頑固おやじ”とは違う西田の演技。役を役としてではなく“人生を歩んできた人間”として演じるからこその深みと言えるだろう。
■唯一無二の存在感
西田敏行の演技を語る上で欠かせないのが、ユーモアと表現力。彼の声は時に力強く、時に優しく、感情の揺れ動きを巧みに表現した。また広く知られるのが即興性で、アドリブで観客だけでなく共演者を笑わせることも日常茶飯事だったという。彼の演技は役柄に寄り添い、共に呼吸をするかのような「生身の演技」だからだ。
しかし一方で、西田の演技がその場の空気と瞬発力のみで構築されているかというと、そうではない。計算された技術と、何より真摯に仕事と向き合う勤勉な一面が時々の「ユーモア」を支えている。
それを象徴するのが2012年の映画「終戦のエンペラー」。西田が演じたのは終戦直後の混乱期、マッカーサー元帥とGHQの調査団に日本の歴史と天皇の真実を伝えるため奔走する鹿島中将という男だった。
同作品はハリウッドとの共同制作であり、トミー・リー・ジョーンズ演じるマッカーサーのほか、主演のマシュー・フォックスなどが出演。作中では当然英語で会話するシーンも多いのだが、西田は流暢な英語を操って威厳と知性を兼ね備えた軍人を完璧に演じきる。
西田は同作の記者会見で、撮影にあたって英語を目でも耳でも勉強したと告白。「まるで受験生のようでした」と自身でこぼし、共演の中村雅俊からも「英語のセリフが本当にすごいと思いました。きっと西田さんの努力って言うのは本当に想像以上のもんだなと」「やっぱり西田さんはすごいなと改めて思いました」と感嘆の言葉を贈られている。大御所だからと努力を忘れず、アドリブが楽しいからと台本から逃げず、常に真摯に向き合ってきた西田。そうした姿勢が、同作のセリフ1つひとつに表れているのだ。
日本俳優連合の理事長を長年務め、後進の育成にも尽力した西田。そんな彼の作品が、CS放送「衛星劇場」で特集される。「追悼 西田敏行 一周忌」と題した同特集では、前述した「マエストロ!」を10月2日(木)朝8時30分ほかから、「あさひるばん」が10月9日(木)朝8時30分ほかから、「終戦のエンペラー」が10月16日(木)朝8時30分ほかから放送。そのほかにも「釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!」(10月19日[日]昼12:00-)などもオンエアされる。
西田敏行が遺したもの、それは数々の名演だけではない。スクリーンや画面を通じて彼が描き続けたのは人間の持つ温かさ、哀愁、そして力強さだ。日本を代表する名優が遺した愛嬌と真摯さが詰まった作品群。観返す価値は十分にあるだろう。

