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不確定性原理を回避する実験に成功――位置と運動量を同時に高精度で測定

不確定性原理を回避する実験に成功――位置と運動量を同時に高精度で測定

Credit:川勝康弘

オーストラリアのシドニー大学(University of Sydney, USYD)と英国のブリストル大学(University of Bristol)などによって行われた研究により、量子力学の基本法則「ハイゼンベルクの不確定性原理」を回避して、これまで同時測定が不可能とされてきた位置と運動量という二つの物理量を、同時に高精度に測定することに成功しました。

核となる理論は、量子の揺らぎ(不確定性)そのものを完全になくすのではなく、あまり必要ではない情報を不確定性の闇の中に投げ込む代わりに、より精密に計りたい要素を引き出すという「情報の交換」です。

この量子的な交換を行うことで、古典的なセンサーでは到達できないレベルでの高感度測定が実現しました。
これまで「避けられない壁」とされてきた不確定性原理の限界に対し、今回の成果はどのような新しい未来を描き出すのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年9月24日に『Science Advances』にて発表されました。

目次

  • なぜ位置と運動量は同時に測れないのか?ハイゼンベルクの壁
  • いらない情報を不確定性に押し込み必要な情報を抽出する
  • 不確定性原理は本当に超えられるのか?成果と課題を読み解く

なぜ位置と運動量は同時に測れないのか?ハイゼンベルクの壁

なぜ位置と運動量は同時に測れないのか?ハイゼンベルクの壁
なぜ位置と運動量は同時に測れないのか?ハイゼンベルクの壁 / Credit:川勝康弘

量子力学には、私たちの常識を大きく覆すさまざまな現象が存在しますが、その中でも特に有名なのが「ハイゼンベルクの不確定性原理」です。

この原理は簡単に言えば、「ある粒子の『位置』を非常に精密に測ろうとすると、その粒子の『運動量』が曖昧になってしまう。そして逆に、『運動量』を非常に精密に測ろうとすると、『位置』がはっきりしなくなってしまう」という、驚くべきルールです。

位置とは、「粒子がどこに存在するか」を表す情報であり、運動量とは「粒子がどれだけの速さで、どの方向に動いているか」という情報です。

これらはどちらも同じ粒子の性質を記述する重要な情報ですが、残念ながら、両方を同時に完璧に知ることはできません。

これを量子力学では「根本的なトレードオフ」と呼び、「一方の情報を詳しく知ろうとすると、もう一方の情報が必ずぼやける」という関係になっているのです。

学校の授業や一般の解説本などでは、よく「粒子の位置を測ろうとすると、測定器具が粒子に触れてしまい、その影響で運動量が乱れる」といった比喩的な説明をされることがあります。

しかし、これは正確な理由ではありません。

コラム:よくある不確定性原理の説明は正確ではない

ハイゼンベルクの不確定性原理の説明として「光などをあてて粒子の位置を測ろうとすると、その光をあててしまったせいで位置はわかるかもしれないけれど、そのせいで運動量がわからなくなる」という説明を一度は見たことがあるかもしれません。しかしこの説明は便宜的なもので、実はもっと根本的で、私たちの日常的な感覚ではなかなか捉えにくい「量子世界の仕組み」そのものが、この不思議な関係を生み出しているのです。

粒子は私たちが日頃想像するような「点」のような存在ではなく、「波」の性質も同時に持っています。この波としての性質が、すべての鍵となります。粒子は量子力学では、「波動関数」と呼ばれる、波のような数学的な関数で表されます。これは直感的に言えば、「粒子がその場所に存在する可能性の濃さ」を表す波のようなものです。

位置をハッキリさせるために波動関数を操作すると波の形が変わってしまい、波の形に刻まれていた運動量の情報がわからなくなってしまいます
位置をハッキリさせるために波動関数を操作すると波の形が変わってしまい、波の形に刻まれていた運動量の情報がわからなくなってしまいます / Credit:川勝康弘

ここでとても重要なのは、粒子の「位置」と「運動量」という二つの情報が、この波動関数の「形」によって決まっていることです。「位置」という情報を正確に知りたい場合には、この波動関数のピーク(波が最も高い部分)を、特定の場所にギュッと集中させなければなりません。例えば、波の形が細く鋭い山のようになっている状態を考えてみてください。この状態なら、粒子はその山の頂上にいる可能性がとても高く、位置をかなり正確に特定できます。しかし、ここに大きな問題があります。波というものは、ギュッと狭く尖らせようとすると、波の周期、つまり「波長」がはっきりしなくなってしまうという性質を持っています。波長というのは波の一つの山から次の山までの長さのことですが、この波長こそが「運動量」という、粒子がどれくらいの速さでどの方向に動いているかという情報に直接関係しているのです。つまり、位置を明確にして波を狭くするほど、波長が不規則になってしまい、その結果として運動量(粒子が動くスピードや方向)の情報が曖昧になってしまうというわけです。

一方で、逆に「運動量」をはっきりとさせたい場合は、波長をきれいに一定の長さでそろえる必要があります。波長が一定ということは、波が規則正しく並んでいることを意味し、これは粒子がある特定のスピードや方向で動いていることを示します。ところが、この波長をきれいに一定に揃えようとすると、波は特定の場所に留まらず、どんどんと広がってしまいます。波が広がるということは、粒子が「どこにいるか」が非常にぼやけてしまうということです。こうなると、「運動量」を正確に決めれば決めるほど、「位置」の方が不確かになるのです。

このように、「位置」と「運動量」という二つの物理量は、同じ粒子の「波としての本質」から導かれるものであり、その波の性質そのものが位置と運動量を同時に明確にさせない原因となっています。これは、単に測定器具や人間の技術が未熟なためではなく、自然界が粒子に与えた根源的な性質によるものなのです。つまり、不確定性原理とは単なる「測定精度の限界」を意味するのではありません。もっと深く、粒子が自然に持つ「波としての本質」、言い換えれば「自然の基本的なルール」を表した、非常に根源的で重要な原理だと言えるでしょう。

粒子の世界におけるこのような根本的な「測定の限界」が、科学者たちにとっていかに大きな壁となってきたか、皆さんは想像できるでしょうか?

20世紀初頭にハイゼンベルクがこの不確定性原理を提唱して以来、およそ100年近くもの間、科学者たちはさまざまな工夫を凝らしてこの「量子の壁」に挑み続けてきました。

その壁を完全に壊すことはできませんでしたが、巧みな方法で「回避」したり「すり抜けたり」することができないかと試行錯誤を重ねてきたのです。

例えばその方法の一つとして「量子のもつれ(エンタングルメント)」という現象を使うことがあります。

エンタングルメントとは、複数の粒子がまるで見えない糸で繋がれているように、一方の粒子の状態がもう一方の粒子の状態に瞬時に影響を与える、量子特有の不思議な現象です。

重力波を検出する有名な実験装置である「LIGO(ライゴ)」では、このエンタングルメントをレーザー光に応用して、「スクイーズド光」という特殊な光を作り出しました。

スクイーズド光とは、量子レベルのノイズ(雑音)を減らして、通常の測定限界よりも精密な計測を可能にする特別な光です。

LIGOの研究チームは、このスクイーズド光を使って、重力波という極めて微弱な宇宙からの信号を、従来の限界を超える精度で検出することに成功しています。

このように量子のもつれを利用すれば、不確定性原理が定める精度の壁を部分的に乗り越えることは可能なのです。

古典物理では限界だった壁を量子技術で超えたわけです。

ただ「一つの粒子だけ」を使って、この不確定性原理を回避することは「不可能に近い」とずっと考えられていました。

一つの粒子だけで位置と運動量の両方を同時に高精度で測ることは、まるで量子の基本原理そのものに正面から挑戦するような試みだからです。

しかし今回、オーストラリアのシドニー大学と英国のブリストル大学などからなる国際的な研究チームは、この「常識」を大きく覆す発想を打ち出しました。

論文著者のティンレイ・タン博士は「不確定性は風船の中の空気のようなものだ。空気を完全になくすことはできないが、中で自由に動かすことはできる」と説明します。

この言葉が示す通り、量子の世界で生じる“不確定性”は完全に消し去ることはできませんが、不確実性の配置や偏りを工夫して、測定したい部分に有利な形に整えることはできるのです。

理論の核となるものは、何時かの情報を不確定性に押し込み、代わりに何分であるかという精密な情報を得ると考えるとわかりやすいかもしれません/Credit:Scientists sidestep Heisenberg uncertainty principle in precision sensing experiment

たとえるなら、ふつうの時計は「何時何分」と絶対的な時刻を教えてくれますが、ここで使うのは「何分進んだか」「何分遅れたか」という“ずれ”だけを教えてくれる時計のようなものです。

一見すると「何時か」という重要な情報を捨ててしまっているように見えますが、この「差分」に集中することによって、これまでにない精度で小さな変化を鋭敏にキャッチできるようになるのです。

あまり必要のない情報を不確定性の中に投げ込み、その代わりに本当に細かく知りたい情報を正確に引き出すという「情報の交換」を行うわけです。

いらない情報を不確定性に押し込み必要な情報を抽出する

いらない情報を不確定性に押し込み必要な情報を抽出する
いらない情報を不確定性に押し込み必要な情報を抽出する / Credit:川勝康弘

不確定性原理を回避するにはどうすればいいか?

彼らが思いついたのは、「真正面から不確定性原理にぶつかるのではなく、巧妙に回り込んでしまおう」という大胆なアイデアでした。

量子の計測では、このような情報の「精度」を測定するための「不確定性の総量」があらかじめ決まっています。
そしてその「総量」の中で、「どの情報を曖昧にし、どの情報を正確にするか」を工夫する余地があります。

そこで研究チームは、「モジュラー計測」という独特な方法を使いました。

これは「測るものの絶対的な数値」ではなく「どれくらいずれているか」という差分だけを測定する、非常にユニークな発想の計測方法です。

例えるなら、通常の時計が「何時何分」と絶対的な時刻を示すのに対し、「モジュラー計測」は、時計の針が「何分進んだか」や「何分遅れたか」というずれだけを測るようなものです。

一見すると「何時か」という重要な情報を捨ててしまっているように見えますが、この「差分」に集中することによって、これまでにない精度で小さな変化を鋭敏にキャッチできるようになるのです。

限られた「不確定性」というリソース(資源)の中で、その「配分の仕方」をうまく変えることで、本当に欲しい情報だけを従来より高い精度で取り出せるようになるという仕組みなのです。

具体的な実験では、小さな粒子である「イオン」が使われました。

イオンとは、電気を帯びた原子のことで、目には見えないほど小さいものです。

研究チームはこのイオンを、真空状態(空気もない空間)の中で特殊な電場を使って浮かせました。

イメージとしては、空中に糸も何もないのに浮かんでいる、目に見えないとても精密な振り子のような感じです。

このようにイオンを安定して浮かせた状態にして、さらにそのイオンに向かって特別なレーザーの光を当てました。

レーザーの光をうまく調整すると、イオンはいる可能性の高い場所が「規則正しい縞模様(しまもよう)」のように並ぶ、特別なパターンをもったグリッド状態と呼ばれる状態に変化します。

具体的には、このグリッド状態を使って、位置と運動量を「一定の幅ごとに区切って折り返す」という、ちょっと特殊な処理をします(これを「モジュラー変数」と呼びます)。

なぜそんなことをするのかというと、粒子の位置と運動量は普通、同時に測るとお互いに邪魔をして精度が落ちてしまいますが、一定の幅で「折り返した量(モジュラー量)」として扱うことで、二つの量が互いに邪魔をしにくくなるからです。

コラム:具体的に何を捨て何を得たのか?

この実験は、粒子の位置と運動量を“ぜんぶ”は追わず、細かなズレだけを同時に拾うための設計でした。研究者たちは、イオン1個の運動を格子(グリッド)状態に整え、位置と運動量の“モジュラー量”を読みました。ここで捨てたのは、位置なら「どの格子マスにいるか」という大域の区画番号、運動量なら「大まかな等間隔の段(大きな飛び)」といった粗い文脈です。これらは“不確定性の側”に押しやって区別しないことにします。代わりに得たのは、同じ格子マスの中でどれだけズレたかという微小な残り(剰余)で、位置と運動量の両方について、その“残り”を同時に高精度で読む力です。定規でたとえるなら、「何センチ目か」は見ないが、「直前の目盛りから何ミリ」はとても正確に読む、という発想です。もちろん測れるのは一つの“区画”の幅(周期)内が基本で、もし信号が区画の境界を越えるほど大きくなると、「どの区画にいたのか」の手がかりが薄くなります。つまり範囲と精度のトレードオフ(方法配分の最適化)があるのです。この戦略によりチームは古典的な測定の限界を超える高精度で位置と運動量を同時に測定できることを実験的に証明しました。

つまり、位置や運動量をそのまま直接的に測るのではなく、「ズレ」だけを見るようにすると、二つの量を同時に高い精度で測れるようになるのです。

その結果、もともと同時には測れないはずの二つの性質について、「細かい部分だけを一緒に測る」という抜け道が生まれました。

真正面からぶつかっても壊せなかった量子力学の鉄則を破らずに、「抜け道を回り込む」ことで克服する――。

研究チームは、この驚くべきアイデアを実際の実験で見事に実証したのです。

配信元: ナゾロジー

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