サラリーマンや鉄道ファン、出張族の胃袋を支えてきた「駅そば」。全国に約3000店舗がひしめくが、不思議と姿を見せないのが「駅ラーメン」だ。ラーメン大国の日本において、なぜ駅ホームの主役はそば・うどんに独占されているのか。そこには鉄道運行の要諦である「時間」をめぐる、シビアな裏事情があった。
「最大のネックは茹で時間です。駅そばは袋麺をサッと湯通しするだけで、30秒もあれば提供可能。対してラーメンは、生麺なら数分、細麺でも1分以上はかかります。1分1秒を争う乗り換え客にとって、この差は致命的なんです」
そう語るのは、駅麺事情に詳しいフードライターだ。さらにラーメン特有の「油」もハードルを上げている。そばつゆに比べ、ラーメンのスープは脂分が多く、食器洗浄や排水設備のメンテナンスに手間がかかる。狭小なホーム上の店舗にとって、この作業効率の悪さは致命傷の上塗りというわけだ。
だが、希少だからこそ「ホームのラーメン」は熱狂的な支持を得てきた。JR博多駅や小倉駅、東武伊勢崎線と野田線が乗り入れる春日部駅の店舗は、マニアの聖地として知られる。しかし、首都圏の駅ラーメンの聖地が、その歴史に幕を閉じようとしている。
「東武伊勢崎線の西新井駅ホームの立ち食いラーメン店が、3月末で閉店することが発表されたんです。人件費高騰や設備の老朽化を考えれば、駅ラーメンはまさに絶滅危惧種と言えるでしょう」(前出・フードライター)
独自の進化を遂げた「変種」も存在する。JR姫路駅の名物「えきそば」だ。これは黄色い中華麺に和風のそばつゆを合わせた逸品で、戦後の混乱期に誕生した。茹で時間を短縮しつつ安価に提供するための苦肉の策だったが、今や姫路のソウルフードとして君臨している。
「ラーメンの麺を使いながら、オペレーションはそばのスピード感を維持する。姫路のケースは、駅麺ビジネスにおける究極の折衷案と言えます。裏を返せば、これほど工夫しなければラーメンというジャンルが駅構内で生き残るのは難しいということでしょう」(前出・フードライター)
乗り換えや出張帰りにホームで啜る、一杯のラーメン。あの独特の背徳感と多幸感は効率化の波に飲まれ、間もなく「幻の味」となってしまうのかもしれない。
(滝川与一)

