科学の常識を超えるかもしれない重力波

今回の研究により、重力波が『ワームホール』の観測に使用できる可能性が示されました。
もし本当にGW190521がワームホール経由のエコーだったと確認されれば、物理学にとって歴史的な大事件となります。
なにしろワームホールは長年仮想上の存在に過ぎませんでしたが、それが“実在する構造”として強く示される可能性があるからです。
そして宇宙の中で非常に離れた2点をつなぐようなトンネルが本当に存在するとしたら、私たちの宇宙の成り立ちや物理法則そのものについての理解が根本から変わる可能性があります。
実際、研究チームも今回の論文で、ワームホールが実際に存在するためには、通常のエネルギーとは性質が全く異なる「負のエネルギー」を持った特別な物質が必要であると指摘しています。
この「負のエネルギー」は、現在の物理学の理論上では存在可能とされていますが、これまで実際に観測されたことはなく、あくまでも理論的な予測にとどまっています。
しかしワームホールの観測が重力波を通じて確認できるのならば理論に組み込まれている「負のエネルギー」が存在している可能性も高まります。
また、宇宙を満たしていると言われる謎のエネルギー、「ダークエネルギー」や、宇宙の起源を解き明かすための「量子論」と「相対性理論」の統合といった、現代物理学が抱える大きな謎にも、新たなヒントを与える可能性があるでしょう。
とはいえ、現時点で「ワームホールが発見された!」と大きな声で言うのは早すぎます。
今回の重力波データ(GW190521)は、確かにワームホールのエコーという仮説でもうまく説明できましたが、実はこれまで考えられてきたような通常のブラックホール同士の合体シナリオでも同程度に矛盾なく説明できる状態だからです。
そのため、科学界は慎重に、この仮説が本当に正しいのかどうかを今後さらに徹底的に検証していく必要があるでしょう。
しかし、だからといって今回の研究が価値のないものだとは決して言えません。
むしろこの研究が示している最も大きな意義は、私たちが重力波という新たな観測手段を手に入れたことで、これまで見落とされてきた宇宙の隠れたメッセージや微かな残響にまで注意深く耳を澄ませることができるようになった、という点にあります。
研究チームは、今回提案したワームホールエコーの波形モデルをさらに精密化することで、今後の観測データとの比較精度をさらに高めていくと述べています。
同時に、世界中の重力波望遠鏡の性能が急速に向上しているため、今後はさらに多くの重力波イベントを観測することが可能になると期待されています。
そして今後こうした異常なイベントをたくさん見つけ、それらを丁寧に比較検討していくことで、ワームホール仮説が正しいのか、それとも他に私たちがまだ知らない別の物理現象が存在するのかが明らかになってくるでしょう。
元論文
Is GW190521 a gravitational wave echo of wormhole remnant from another universe?
https://doi.org/10.48550/arXiv.2509.07831
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

