9月28日、ドゥカティのマルク・マルケスが2025年のMotoGPチャンピオン獲得を決めた。2019年以来、実に6年ぶりの頂点に立ったこの男を支えてきた側近が、舞台裏を明らかにした。
マルティネスは、王座に返り咲いたマルケスにとってアシスタント以上の存在と言える。チームのスタッフが入れ替わる多くのガレージ内部とは異なり、マルティネスは11年間以上もマルケスをさせてきた。
マルティネスがマルケスを支えるようになったのは、2015年のこと。2011年スペイン・モトクロス王者でもあるマルティネスは、自分のレースキャリアを一旦脇に置いて、マルケスのオフロードトレーニングのスパーリングパートナーとなった。当初の関係こそその程度だったが、その人柄からマルケスとの親密な関係を築いていき、マルケスが真摯に耳を傾ける数少ない人物のひとりにまでなった。
マルク・マルケスという人物には常にカメラが向けられていることを考えれば、マルティネスが隠れることは難しい。しかし彼以上に、MotoGP市場でもおそらく最も困難かつ驚異的なカムバックを果たしたマルケスについて、詳しく語れる人物はいない。
マルク・マルケスが2020年にキャリアの危機となる右腕の怪我を負って以来の期間は、大きく2つの時期に分けられる。最初は2020~2023年で、まさに試練の期間だった。2つ目は直近の2シーズンで、回復と再建の時期だった。
そのどちらの時期でも涙は常にあった。最初は痛みや挫折、無力感から……そして最も最近の涙は、計り知れないほどの喜びからだ。
■絶頂期を襲った最悪の怪我
2020年のスペインGPはチャンピオンシップでも最も記憶に残る追い上げと、悲劇の入口だった。マルケスはこのレースで一度最後尾まで落ちたものの、驚異的な追い上げで表彰台圏内に復帰したが、大クラッシュで右腕上腕骨を骨折。これが3年間も彼を悩ませる怪我となり、4度も手術を受けなくてはならなかった。
「マルクがこの瞬間にまで戻ってくるために、どれだけ涙を流してきたかを誰も知らないんだ」
日本GPでの戴冠直前、インタビューに応えたマルティネスはそう語った。
「状況によっては、苦しんでいる人に対してできることは多くないと思う。だからただ側にいて、『自分はここにいる』と感じてもらうようにしていた」
2022年のインドネシアGPでビッグクラッシュを喫し、複視が再発してしまったときは、特にマルケスが辛い時期だったと回顧している。
「彼は『もう耐えられない、辞めたい』と言った。僕は彼を落ち着かせ、その場の勢いで決断するなと伝えた。そしてマドリードに戻ったら、落ち着いて食事をしようと言ったんだ」
その出来事から生まれた言葉が、いまも彼の心に響いている――「明日は月曜日、また太陽は昇る」という言葉だ。
■ホンダを離脱してグレシーニへ
2022年6月、右腕の4度目の手術を受けたマルケスは、彼を悩ませていた腕の骨がねじれて繋がっていた問題が解消され、再び望むように走れるようになった。
体の障害が取り除かれると、今度はバイクの方に焦点が移った。最高のライダーのひとりに挙げられるようなマルケス自身としても、実力を疑うほどの状態だったのだ。
そして熟考を重ねたマルケスは、2013年にMotoGPクラスにデビューして以来数々の記録を共に打ち立ててきたホンダファミリーと袂を分かち、2024年にドゥカティ陣営のサテライトチームであるグレシーニへ移籍することを決めた。マルケスの唯一の目的は、自分がまだ最速のライダー達と戦えるのか? ということを確かめることにあった。
「ホセ(カリオン/アレックス・マルケスのクルーチーフ)とよく冗談混じりでマルクについて話していたんだ。だって彼はあれだけ勝ってきて、なぜ自分自身を疑えるんだと、理解できなかったからだ」
マルティネスはそう語ったが、結局マルケスは自分への疑いをすぐに払拭することになる。2023年シーズン終了直後のポストシーズンテストで、ドゥカティのマシンに初めて乗ったマルケスがピット内で見せた笑顔は、今後も忘れられることはないだろう。
「あの有名なバレンシアテストでドゥカティに乗ってすぐ、彼は何かに気がついた。思い出すだけで鳥肌が立つ。シーズン中盤には疑いは晴れていたんだ。そして彼のバイクにある技術的な不利を目の当たりにして、彼はさらに突き動かされることになった」
■“赤い”ドゥカティへ
「ミスをすると彼は自分を必要以上に罰してしまう」
2025年のドゥカティ・ファクトリーチームのシートを獲得したマルケスは、再びチャンピオンに輝くことを目指した。
自分自身をこれほど追い込める選手はほとんどいないが、2月のプレシーズンテストに現れたマルケスは、スタッフの推定では3kg以上も肉体を絞っており、かつてないほど集中力を高めていた。それには多くの人が気付いていたはずだ。
マルケスがチームに求める卓越性は、彼が自分に課す基準と同じものだ。しかし、マルティネスはその危うさも指摘している。
「彼について気に入らない点がひとつある。何度も伝えてきたことだが、彼はミスをすると自分を必要以上に罰する。確かにそれが彼を突き動かし、今の彼を形作っているのだと思う。でも、見ているこちらは辛い。だから僕は、彼にそこまで自分を追い込むなと説得し続けているんだ」
■王の帰還
「マルケスが最高の姿を見せるのは、プレッシャーが最も大きい時だ」
と、マルティネスは言う。
プレッシャーに押しつぶされるアスリートもいるが、マルケスはミスの許されない状況こそ最高のパフォーマンスに繋がるのだと語る。実際、日本GPでは本人も認めるプレッシャーの中、スプリントと決勝2位でタイトルを確定させた。
「プレッシャーこそが、彼を最高の状態へと押し上げ、集中させ、さらに自らを奮い立たせる。最も厳しいレースでこそ、彼は最高の走りを見せる。そんなとき、僕は『すべてうまくいく』と確信できるんだ」とマルティネスは結んだ。

